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【プロ野球】掛布雅之が1985年と今の阪神打線を比較 強力クリーンナップと、チームの「大きな違い」を語った (2ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Tetsuo Hamada

【1、2番の「怖さ」の違い】

――1985年と現在のチームの打線を見比べて、どんな違いがありますか?

掛布雅之(以下:掛布) 前提として、ピッチャーの質が僕らの時代と今では全然変わっています。真っすぐも10キロ近く速くなっていますし、動くボールも投げたりしますしね。なので、単純に数字を比較するのは難しいと思いますが、1番バッターのタイプがまず違いますね。

 僕らの時代は1番が真弓明信さんで、1985年は本塁打を34本打ちました。近本光司は毎年150本くらいのヒットを打ち、出塁率も高い。それと、足ですよね。今はピッチャーのクイックが速いですし、走る際の癖などもいろいろな角度から研究されるので、昔と比べて走りづらい時代だと思うんです。いずれにせよ、真弓さんも近本も、タイプは違えど強烈な1番バッターです。

――85年は、2番に弘田澄男さん、北村照文さん、吉竹春樹さんらが併用されました。今年2番を打つことが多い中野拓夢選手と比べていかがですか?

掛布 北村には足があって、吉竹もバックアップを含めて頑張っていましたが、やっぱり弘田さんの"嫌らしさ"は際立っていたと思います。非常に右打ちがうまいですし、戦術面で柔軟性がありました。

 ただ、機動力という点では、近本と中野の1、2番コンビのほうが相手バッテリーに怖さを与えられるんじゃないですか。真弓さんは走れなかったわけではないですが、近本や中野ほど走力はなかったですし、年齢的にも厳しかったと思います。

 怖さという部分では、真弓さんには一発がありますからね。弘田さんもくせ者で、バントやエンドランなどいろいろなことができましたし、オールマイティな選手でした。1番と3番をつなぐのが2番だとすれば、つなぐためのバリエーションは弘田さんのほうが多かったかもしれません。

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