【プロ野球】「橋上監督代行で巨人は強くなった? それは違う」 広岡達朗が語った快進撃の真相と"本当の問題" (3ページ目)
「監督代行として指揮を執った当初は、さすがにぎこちなさも感じられた。しかし今は、のびのびと采配を振るっているように見える。阿部の野球を継承しながら、自分なりの色もうまく加えている。
ただ、いま勝てているのは優勝しなければならないという重圧から解放されている部分も大きいだろう。だからこそ、本当に問われるのは負けが込んできた時だ。その時に、橋上の真価が試されるのは言うまでもない」
ただ広岡氏は、今の風潮について、こう苦言を呈す。
「近年は『選手に過度なプレッシャーや罰を与えてはいけない』という雰囲気があるが、それが本当にプロフェッショナルなのか。プロはアマチュアではない。優勝しなければならないという重圧に打ち勝ってこそ、頂点に立った時の喜びも大きい。そして大きなミスを犯せば責任を負う。それは当然のことだ。問題は、その当たり前のことを当たり前に受け止め、実践できない選手や指導者が増えていることだ。そこに今の野球界の危うさを感じる」
昔と今では、選手たちの気質や価値観が大きく異なる。当然、広岡氏もそのことは十分に理解している。それでも、球場に足を運んでくれるファンのために全力を尽くすというプロフェッショナルな姿勢は、昔から変わらない。そのためには厳しい競争や自己鍛錬が欠かせない。広岡氏が言いたいのは、そういうことなのだ。
そして広岡氏は、橋上監督代行にこうエールを送る。
「監督とコーチの風通しがよくなったのは間違いない。でも、それが勝利につながっていると思ったら大間違い。何度も言うが、今はプレッシャーのない状況で戦っているだけ。それが理由で勝ち続けているのなら、もはや巨人ではない。もっとプライドを持って戦ってくれ、と言いたい」
さらに広岡氏は、次期監督問題についても言及した。
広岡達朗(ひろおか・たつろう)/1932年2月9日、広島県生まれ。呉三津田高から早稲田大に進み、54年に巨人に入団。1年目からショートの定位置を確保し、新人王とベストナインに選ばれる。堅実な守備で一時代を築き、長嶋茂雄との三遊間は球界屈指と呼ばれた。66年に現役引退。引退後は巨人、広島でコーチを務め、76年シーズン途中にヤクルトのコーチから監督へ昇格。78年に初のリーグ優勝、日本一に導く。82年から西武の監督を務め、4年間で3度のリーグ優勝、2度の日本一に輝いた。退団後はロッテのGMなどを務めた
著者プロフィール
松永多佳倫 (まつなが・たかりん)
1968 年生まれ、岐阜県大垣市出身。出版社勤務を経て 2009 年 8 月より沖縄在住。著書に『沖縄を変えた男 栽弘義−高校野球に捧げた生涯』(集英社文庫)をはじめ、『確執と信念』(扶桑社)、『善と悪 江夏豊のラストメッセージ』(ダ・ヴィンチBOOKS)など著作多数。
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