【プロ野球】「橋上監督代行で巨人は強くなった? それは違う」 広岡達朗が語った快進撃の真相と"本当の問題" (2ページ目)
さらに広岡氏が続ける。
「橋上はオフェンスチーフコーチ時代、阿部にきちんと進言していたのだろうか。立場が変われば見える景色も変わるのは当然だ。おそらく、当時は思うように意見を言えなかったのだろう。というのも、今の橋上は投手コーチらの意見に積極的に耳を傾けているという。裏を返せば、自身がコーチだった頃は自由に進言できる環境ではなかったことの表れではないか。要するに、コーチが積極的に監督へ意見を伝え、首脳陣同士が議論を重ねることが大切なのだ。
オレが監督をやっていた頃は、周囲から独裁的に見られていたかもしれない。しかし、森(祇晶)や黒江(透修)は遠慮なく意見をぶつけてきた。時には痛いところを容赦なく突かれることもあったが、だからといって排除しようと思ったことは一度もない。すべてチームのための意見だとわかっていたからだ。だからこそ、彼らの言葉に耳を傾けた」
チームスポーツである以上、「和」は大切だ。しかし、組織の指揮系統はどうしても監督を頂点としたトップダウンになりがちである。だからこそ、監督が独善的な采配に陥らないよう、周囲のコーチがしっかりと目を光らせる必要がある。
にもかかわらず、監督が人事権を使って気心の知れた者ばかりを集めてしまえば、それはただの仲良しクラブだ。チームがうまく回っている間は問題ないかもしれないが、ひとたび状態が悪くなれば機能しなくなる。
指揮官のマネジメント能力と、コーチ陣の積極的な提言・指導力。その両者が融合してこそ、チームは成長するのである。
【負けが込んだ時に真価が問われる】
橋上氏は1983年、安田学園高(東京)からヤクルトにドラフト3位で入団した。1990年から監督を務めた野村克也氏の薫陶を受け、その後は楽天などでコーチを歴任。2014年には巨人の一軍打撃コーチに就任し、リーグ3連覇に貢献。その後も楽天、西武、ヤクルトでコーチを務め、阿部監督就任2年目の2025年に巨人の作戦戦略コーチとして復帰。2026年からはオフェンスチーフコーチに就任した。
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