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命がけで受け続けて25年 ドラフト1位クラス200人超のボールを捕った男が語る澤村拓一の衝撃 (2ページ目)

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko

 山崎は芝浦工大高から中央大に進学。卒業後は、社会人野球の名門・東京ガスのマウンドを守って奮投した。

 この企画が始まって、その頃でおよそ10年。おそらく、すでに100人近くの快腕・剛腕のピッチングを受けていたが、受ける私に「自信」なんて、これっぽっちもなかった。
 
 ひとつ間違えば、こちらの命も吹っ飛びかねない「ハイリスク」な取材方法。当日が迫ってくると、いつもブルーに落ち込んでいたものだ。
 
 そもそも、「流しのブルペンキャッチャー」なんて、私がやりたくて始めたことじゃない。『野球小僧』のインタビュー取材で内海投手のもとへ向かう数日前。編集長との雑談で、私がつい口を滑らせてしまった。

「内海って、どんなボール投げるんですかね......受けてみたいですね」
 
 それを受けた編集長が即答する。

「安倍さん、それ面白いですね、やっちゃいましょうよ!」
 
 企画書も会議もなく、たった3秒の立ち話で決まってしまったことが、20年以上も続くロングラン企画になるのだから、「もののはずみ」というのは本当に恐ろしい。

【高校時代は3、4番手の控え投手】

 東京・八王子にある中央大学野球部グラウンド。ネット裏スタンド下の薄暗い通路で、ひとりの選手とすれ違った。

  顔つきは見えなかったが、こっちが避けないとすれ違えないほどの肩幅と、分厚い胸板。

 「こんちは! おじゃまします!」

 すれ違いざま、「ん?」と思って振り返った時に見えた「ケツ」でわかった。

「澤村くんでしょ?」

「はいっ!」

  リーグ戦での堂々たるマウンドさばきと投げっぷりを見ていたから、もっとふてぶてしいヤツかと思っていたら、まるでそうじゃない。

  短く刈り込んだイガグリ頭に、まん丸い目がクリクリとよく動く。こちらの荒れ球気味の問いもちゃんと受け止めて、一生懸命話してくれたことを、今でも覚えている。

  話すというよりは、快活によくしゃべってくれた。言葉の表情まで豊かな、とても愉快なインタビューになった。

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