検索

【プロ野球】ベイスターズ5年目の超逸材が迷いを越えて覚醒の予感 恩師が信じ続けた才能と原点回帰 (3ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro

 しかし、開幕から1番打者として期待された2025年は一転、試練の年になった。不振続きでレギュラーから外され、何度も登録抹消を味わった。出場数は前年から30も減り、61試合。夏場にやや盛り返したものの、打率.245に終わった。

 梶原は迷いを抱えながら、打席に立っていたという。

「どうやって率を残すのか、自分のなかで迷いがありました。長打を求めていくのか、フォアボールを選んでコツコツと出塁を求めるのか。どっちつかずになって、はっきりしなかったところがありました」

【出塁率.314のジレンマ】

 とくに梶原の悩みを濃くしたのは、出塁への意欲だった。高打率を残した2024年でも、351打席で四球数はわずか7個。出塁率.314は1番打者としては物足りない数字であり、梶原にとって選球眼は大きな課題だった。

 だが、選球眼を意識することは、若いカウントから思いきりよくスイングする梶原にとっては諸刃の剣だった。梶原は言う。

「今となっては、自分の持ち味を消していたのかなと」

 青白戦での梶原は結果こそ振るわなかったものの、初球から積極的に振り抜く場面が目立った。まだ調整段階ということもあり、梶原は「振るなかで合わせていきたい」と考えていたという。

「今日は自分がストライクと思ったら、ガンガン振りにいっていました」

 この言葉を聞いて、梶原の大学時代が思い出された。神奈川大の岸川雄二監督が梶原に対して、こんなアドバイスを送っていたのだ。

「おまえが打てると思えば振っていい。世間のストライクゾーンとおまえのストライクゾーンは違うから」

 梶原に「岸川監督も大学時代に言っていましたね」と聞くと、「そのイメージでやっています」という答えが返ってきた。

 岸川監督は、梶原を発掘した人物と言っていい。岸川監督自身、神奈川大でリーグ通算22本塁打の連盟記録を持つ大型スラッガーだった。ドラフト4位で西武に入団するも、プロでは一軍出場なしに終わっている。

3 / 5

キーワード

このページのトップに戻る