【プロ野球】DeNA・相川亮二新監督インタビュー 「どうしたら優勝できるか。常に頭のなかに描きながら過ごしてきた」 (3ページ目)
【監督を引き受けた理由】
── ハードワークな監督業、オファーを受諾した決定的な理由はなんですか。
相川 決定的な理由ですか......。まず断る理由がありませんでした。コーチを4年間やってきて、毎年リーグ優勝できると思ってやってきました。だけど、達成できていない。ここが理由じゃないか、これが原因じゃないかと、常に頭のなかに描きながら過ごしてきました。当然ですけど、リーグ優勝できると思っています。
── なるほど。現役時代からバッテリーを組み、そしてこの4年間コーチとしてサポートしてきた三浦大輔前監督から受けた影響や、チームを引っ張っていく姿をどのように見ていましたか。
相川 三浦さんは、我々コーチの言葉にしっかりと耳を傾けてくれましたし、それに絶対に弱さを見せず、常に安心できるリーダーとして堂々とした姿は、僕の目にも焼きついています。三浦さんのそういう姿を引き継ぐことも重要だと思っていますので、そこは意識していきたいなと思っています。
あらためて監督となり、すべては自分の責任だという思いのもと、今も行動しています。今後シーズンが始まり勝敗が絡んでくると、コーチ、選手まかせにできないところもたくさん出てくると思うので、成功も失敗も自分のなかでしっかり受け止めたいと思います。
── 思えばキャッチャー出身の相川監督。よくキャッチャーは"グラウンド上での監督"と言われますが、その経験も生かせそうですか。
相川 そうですね。そもそも現役時代は、監督が責任を感じていても、負けてしまえばキャッチャーである自分の責任だと思っていましたし、勝ちに関しては他のプレイヤーのおかげだと思ってプレーしていました。もちろん立場は違いますけど、勝つことへの執着や負けることへの責任という部分では、現役時代の感覚とあまり変わらないような気がしています。
相川亮二(あいかわ・りょうじ)/1976年7月11日生まれ。千葉県出身。東京学館高から94年ドラフト5位で横浜ベイスターズに入団。99年に一軍デビューを果たし、2004年にアテネ五輪に出場し銅メダル獲得。06年に第1回WBCに出場し世界一となる。09年にヤクルトへ移籍し、主力捕手として存在感を示す。13年は第3回WBCのメンバーに選出され侍ジャパンの一員としてチームを引っ張る。15年に巨人に移籍し、17年に現役を引退。その後、評論家、巨人のコーチを経て、22年から古巣・ベイスターズのコーチに就任。26年から一軍監督としてチームの指揮を執る
著者プロフィール
石塚 隆 (いしづか・たかし)
1972年、神奈川県出身。フリーランスライター。プロ野球などのスポーツを中心に、社会モノやサブカルチャーなど多ジャンルにわたり執筆。web Sportiva/週刊プレイボーイ/週刊ベースボール/集英社オンライン/文春野球/AERA dot./REAL SPORTS/etc...。現在Number Webにて横浜DeNAベイスターズコラム『ハマ街ダイアリー』連載中。趣味はサーフィン&トレイルランニング。鎌倉市在住
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