【プロ野球】ソフトバンク和田毅引退インタビュー「後悔なんて1ミリもない。40代に突入してからの野球人生はボーナスステージだった」 (2ページ目)
── プロの番記者さんたちも情報をつかんでいなかった。してやったり、だったのでは?
和田 そんなんじゃないですよ(笑)。でも、絶対に外部に漏れないように細心の注意を払っていたので、それはできていたんだなと安心したというか、そんな気持ちになりました。
── そもそも引退を決断したのは?
和田 7月でしたね。一番目に報告したのは嫁さんでした。明確には覚えていませんが、オールスター期間中だったと思います。
── どのような感じで「今日、言おう」と?
和田 いや、普通に夕飯を食べているときにサラッと。それまで何年も毎日のように「やめようかなー」「きついなー」とか言っていたので(笑)。だから「話がある」とか、かしこまった感じもなく、僕も何の準備も緊張もなくゴハンを食べながら、「今年でもうやめるわ」って、たぶん言ったと思います。嫁も普段と同じ感じで「もうやめてもいいと思うよ」「本当に頑張ったんだから」と返してくれたと記憶しています。正直、曖昧なんですよ。やめる、やめるって日常の会話だったので。
── 日常ですか?
和田 もう2018年くらいから言い続けていました。
【やり残したことは何もない】
── 2018年といえば左肩痛で一軍登板ゼロに終わったシーズンでした。
和田 それ以前に肘は故障してトミー・ジョン手術も受けていましたが、左肩がガッツリ痛くなったのは初めてでした。最初はパニックというか、自分は肩だけは故障しないと決めつけていたところもあって、どのように治していけばいいのかわからない状態でした。その当時で37歳でしたし、またホークスと結んでいた複数年契約が2018年で満了することもあり、もうダメならやめる覚悟をしなきゃならない。その時から常に引退の二文字は頭のなかにありました。
── しかしその後、見事に復活。2020年には8勝1敗の好成績を残しました。さらに、22年には41歳にして自己最速更新となる149キロを投げ、ものすごく驚きました。とても引退と隣り合わせの投手とは思えませんでした。
和田 自分のなかでは、プロに入った時から40歳まで現役を続けたいという目標がありました。なので、40代に突入してからの野球人生はボーナスステージが始まったんだという感じで、もうやれるだけのことをやってやろうとの思いでやっていました。引退は怖くない。いつかはどうせ辞めるんだから、後悔したくないと思ってやれることはやったし、新しいことにも思いきってチャレンジもしました。
2 / 4