江川卓の巨人入り直後はキャッチボール相手もいない孤立無援 西本聖が「やろうか!」と声をかけた (2ページ目)

  • 松永多佳倫●文 text by Matsunaga Takarin

 スーパーエリートの江川の入団に対し、叩き上げの西本は心にどんよりとした重いものを感じていた。二軍で汗と泥にまみれて熾烈な競争の末にようやく一軍に上がり、そこでも敗戦処理から数少ない登板でアピールして、ようやくローテーションに入れるかどうかの位置までこぎつけた。

 そこに江川が入って、あっさりと一軍ローテーションの一枠をかっさらう。当然、心から祝福などできるはずがなかった。とにかく、世間を騒がせた「空白の一日」の末に巨人に入った江川を、歓迎ムードを装うこともなく、チームメイトは腫れ物に触るように扱った。

「こういうことを言っていいのかわかんないけど、王(貞治)さんなんかもね、ちょっと敬遠というか......。ましてや一緒にいた小林(繁)さんがいなくなりましたからね。選手だけじゃなくて、世間的にもいろんなところで騒ぎましたよね。そういう意味では、江川さんが自分で決めたことじゃないのでかわいそうでしたけど」

 西本は江川を特別な存在として、入団以来ずっと意識していた。江川も西本を意識し、唯一無二のライバルだと公言している。

 高校、大学では、チーム内に江川に立ち向かえるピッチャーなどひとりもいなかった。絶対王者のごとく、ヒエラルキーの一番上に堂々と君臨していた。

 それがプロに入って2年目に16勝、3年目に20勝を挙げ、2年連続して最多勝に輝くなど名実ともに球界ナンバーワン投手になってからも、西本が負けじと並走してついてくる。

 勝ち星では、1、2勝の差でいつも江川が上回っていたが、防御率では負けたこともあった。そんな西本のおかげで、江川も「絶対に抜かれたくなかった」と話している。じつは江川にとって、西本はライバル視する以上の存在だった。

【江川卓が今も感謝すること】

 ある雑誌の企画でふたりの対談をやった時に、多摩川グラウンドでの江川の初練習でのキャッチボールの話になった。

2 / 3

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る