今久留主成幸が語る明治大野球部と島岡吉郎監督とのエピソード。明治魂とは「選手への愛情と勝利への執着。みんな島岡教の信者だった」 (2ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Ichikawa Mitsuharu (Hikaru Studio)

── 試合をして、戻って、夜まで練習して......。

今久留主 でも夜遅くなって、また集合がかかります。室内練習場へ行くと、御大が『負けちゃいけないんだよ』と言い出していて、夜中までバント練習です。そのうち御大がウトウトすると、また岩井さんが『明日は大事な試合なんで、選手を休ませないと力が出ません』と囁いてくれる。それを聞いた御大が『力が出なきゃ困る、力が出なきゃ困るんだよ』となって、今度こそ練習が終わります。みんなヘトヘトなのに、最後、御大に『頼むよ、明日、頑張ってくれよ』と言われると、一斉に『ウオーッ』と感極まって叫ぶわけです。みんなが島岡教の信者でしたね。

── 明治の野球部に集うのは高校時代の腕自慢ばかりのはずなのに。

今久留主 そういう猛獣たちをうまく束ねて、猪突猛進の強いイノシシ軍団をつくり上げたのが島岡御大でした。それが明治の強さだったのかなと思います。

── 歳を重ねていくほど、理不尽なことを口にする島岡御大に、それでも選手たちがついていったのはなぜだったのでしょう。

今久留主 御大は野球を愛していましたし、選手のことも愛していました。その愛情は半端なかった。同時に、勝つことへの執着も半端なかった。だから負けると怒り狂うわけです。逆に勝てばものすごく喜んでくれる。『ありがとう、ありがとう、みんな、ありがとう』って......御大が喜んでくれるだけでまた『ウオーッ』となる。御大の言葉が成功報酬なんです。

【伝統の継承と改革の断行】

── 当時の今久留主さんと島岡御大の年齢差は56もありました。祖父と孫くらい、離れていたんですよね。

今久留主 でも御大のやることって、古いばかりでもないんです。たとえば明治ではトイレ掃除は主将がやります。一番嫌なことを上級生がやるんです。それを下級生が見ていれば、粗相なんかできなくなりますよね。東京六大学でブレザーをとり入れたのも明治が最初でしたし、寮ではTシャツ、ジーパンは御法度で襟つきのシャツを着なければなりませんでした。坊主をやめさせたのも明治が最初でしたし、今は当たり前になっている女子マネージャーも明治が最初です。明治は伝統を残しつつ、時代に合った改革を断行してきました。

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