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わずか2年で広島を戦力外となった鈴木寛人は、今も「イップス」と闘いながら再びマウンドを目指す (4ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Sankei Visual、Kikuchi Takahiro

現在は母校の寮に住み込み練習を続けている鈴木寛人現在は母校の寮に住み込み練習を続けている鈴木寛人この記事に関連する写真を見る 2年目に入っても、改善の兆しは見えなかった。むしろ悪化した。

「自分のなかで腕を振ることがどんどん怖くなっていきました。意識して強く振ってみても、キャッチボールから暴投することもあって......」

 テレビの向こうでは、躍動する同期たちの姿があった。先発ローテーションの中心格になった森下だけでなく、玉村も高卒2年目にして一軍先発陣の仲間入りを果たしていた。

「玉村が一軍で頑張っているのがうれしい一方で、自分はマウンドにすら立てない状態なので悔しさもありました」

 広島で過ごした2年間という時間は、「だいぶ長く感じた」と鈴木は振り返る。出口の見えない暗闇にひとりだけ閉じ込められたようなプロ生活は、戦力外通告によって終止符が打たれた。

母校の寮に住み込み練習

 もう野球はいい。

 そう思っても不思議ではない、苦しみ続けた2年間だった。だが、鈴木の脳裏に「こんな状態で野球人生が終わっていいのか?」という未練がくすぶっていた。高橋監督の厚意もあり、今年3月から霞ヶ浦の寮で住み込み練習を続けている。

 今の状態を聞くと、鈴木は「イップスで0になったとしたら」と前置きして、こう続けた。

「40〜50くらいまではきています。いっても60くらいかなと。日によって変わる部分もありますが、ダメな周期が少なくなってきた実感があります」

 デリケートな内容にもかかわらず、鈴木はイップスについて包み隠さず明かしてくれた。それでは、今後はどのようにしてイップスを克服しようとしているのか。そう聞くと、鈴木は真っすぐにこちらを見てこう答えた。

「まず、フォームが大事だと思います。安定したフォームで投げられれば、おのずとリリースも合ってくるはずなので。少しずつ戻りつつありますし、焦らずやっていきます」

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