阪急の練習生だった松永浩美が、キャンプで場外弾を17連発。上田利治監督は「また、いったぞ!」と驚いた (2ページ目)

  • 浜田哲男●取材・文 text by Hamada Tetsuo
  • photo by Sankei Visual

――積極的に選手とコミュニケーションをとる監督だったんですね。

松永 そうですね。私は監督として選手と接する際に大事なのは、技術指導などを通してではなく、練習以外の時も含めていかにコミュニケーションをとるかだと思っていますが、上田さんは気さくに声をかけてくれる方でした。私も今は小・中学生に野球を教える立場になっていますが、選手たちの視点からも、年上の指導者とコミュニケーションをうまくとれるかどうかは成長のための大事な要素だと思います。

 上田さんからは、技術的なことよりも、人間的な部分に関して教わったことのほうが多いかもしれません。エラーした時には、「もう仕方がないんだから、くよくよするな。悩んでる時間がもったいないから次に進め」と声をかけられたり、「失敗をしても反省はしなくていい。すぐに改善するように心がけろ」と言われたりもしました。

――試合中にもよく声をかけられた?

松永 試合の時に関しては、私は"怒られ役"でした(笑)。例えば、ベテランの選手がミスをしても、上田さんはその選手には怒らない。私は上田さんの前に座っていたのですが、必ず私の座っているイスを蹴りながら「声を出さんか!元気ないぞ!」と喝を入れられました。

 そうして2年くらい経ったあとに、上田さんに怒る理由を聞いたことがあったんです。そうしたら、「何人かの選手を怒って試してみたけど、お前が一番怒られ役に適していた」と(笑)。他の選手は怒られるとシュンとするらしいんですが、私の場合は怒られたことを力に変えて結果を出していたので、「怒ったほうがマツは伸びるし、チームにも喝が入るし、一石二鳥だ」と言っていました。私もどんなときに怒られるか、だいたいわかっていたので、そういう場面になると「これは怒られるかな」とニヤニヤしていたことを思い出します。

――主にサードを守っていた松永さんも、打ち込まれているピッチャーのところに行って声をかけるシーンが多かったように思います。それは上田監督の影響もあったんですか?

松永 そうですね。監督はマウンドになかなか行けないので、キャッチャーが監督の代わりにならなきゃいけませんが、内野を守っている私もその役割をしようと思っていました。「たぶん、監督はこんなふうに考えてるだろうな」と考えて、「どうしたの?」「何を焦ってんだ?もうちょっとじっくりやればいいじゃないか」といったように声をかけていました。

 上田さんは、どしっと構えているように見えて「いらち(関西で使われる方言。せっかち、イライラするなどの意)」なところもありますから(笑)。それを感じた時に、私がマウンドに行って代弁するという感じでした。

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