2021.06.04

ヤクルトに浸透する「青木イズム」。稀代のヒットメーカーが姿勢で伝えてきたこと

  • 島村誠也●文 text by Shimamura Seiya
  • photo by Koike Yoshihiro

 2018年10月、ヤクルトの小川淳司監督(当時/現GM)にチームが2位になった要因について質問すると、真っ先に名前が挙がったのが青木宣親だった。

「青木なくしてこの成績はなかったと思います。僕は2011年まで一緒にやっていましたが、彼は別人になってアメリカから戻ってきましたよね。バッティングは誰もが認めているところですが、それ以外の部分でチームに大きな影響をもたらしてくれました」

今年5月に日米通算2500安打を記録した青木宣親今年5月に日米通算2500安打を記録した青木宣親  この年、青木は7年ぶりに日本球界復帰を果たし、ヤクルトの春季キャンプ途中からチームに合流した。青木はシーズンが始まる前の時点で、日本で1284本、メジャーで774本のヒットを積み重ねていた。

 ヤクルトは前年、シーズン96敗という歴史的惨敗で最下位に沈み、再登板となった小川監督のもと、宮本慎也ヘッドコーチ、石井琢朗打撃コーチ(現・巨人野手総合コーチ)、河田雄祐外野守備・走塁コーチ(現・広島ヘッドコーチ)を招聘。「再起」をスローガンとしたチームにとって、青木に寄せる期待はとても大きなものだった。

 2018年のキャンプ中、石井コーチは青木について次のように語っていた。

「バットマンとしては当然ですが、僕は精神的支柱としての期待が大きいです。(前任の)カープには新井貴浩や黒田博樹という実績、経験があって、モノが言えるベテランがいました。今のヤクルトはそこが一番足りない部分かなと感じていたところでしたから。チーム全体を少し引いたところから見渡し、モノが言える存在って絶対に必要なんですよ」

 事実、青木の加入はチームに大きな刺激を与えることになった。

「青木さんとの再会がなければ、僕は引退していたと思います」

 2018年のキャンプで、そう心境を吐露したのは畠山和洋だ。2015年には4番打者として打点王を獲得し、リーグ優勝に大きく貢献した畠山だったが、その後はケガに泣かされ続けていた。

「去年(2017年)の秋くらいから、ケガや衰えを理由に『もう無理だ。やめよう』とばかり考えていたんです。でも、青木さんに『鍛えられる部分をしっかり鍛えればまだまだできるよ』と言ってもらえて......大袈裟かもしれないですけど、その言葉がなければ僕は終わっていたと思います」