佐々木、奥川より早くブレイクか。オリックス宮城大弥には制球力、分析力がある (3ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Koike Yoshihiro

 興南の宮城といえば早熟かつ、若くして老獪なイメージのあるピッチャーだった。中学時代は侍ジャパンのU−15に選ばれて、福島県で行なわれた第3回WBSCベースボールワールドカップに出場、侍ジャパンの準優勝に貢献した。

 その頃からコントロールに定評があった宮城は、興南に入学するや"スーパー1年生"と期待され、春からベンチ入りを果たす。夏の沖縄大会では初戦からリリーフで全試合に登板し、決勝で初先発。1失点完投、13奪三振、無四球という見事なピッチングで、1年生ながら甲子園出場の切符を手にしたのである。

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 その1年夏の甲子園では智辯和歌山にノックアウトされて初戦敗退を喫したものの、2年の夏にも甲子園へ出場。最後の夏は沖縄大会の決勝で沖縄尚学と対戦、延長13回、押し出しのフォアボールを与えて力尽き、3年連続夏の甲子園出場は叶わなかった。ストライクゾーンを外れた無念のボールは、その試合で宮城が投げた229球目だった。

「あの夏は、試合をしていることがしんどかった記憶しかありません。我喜屋(優)監督からはよく投げ切ったと言ってもらいましたけど、最後はああいう(押し出しでサヨナラ負け)形だったので、自分としては納得いかなかったし、悔しさしかありませんでした。229球......けっこう投げてますね(笑)。でもプロに入ってからも、投げる体力はあの時のまま落ちてないなと感じていますし、あれが自信になっていると思います」

 夏の甲子園出場は叶わなかったものの、宮城はふたたび侍ジャパンのメンバーとして、佐々木朗希、奥川恭伸、西純矢、前佑囲斗らとともにU−18に選ばれ、韓国で行なわれた第29回WBSCベースボールワールドカップに出場している。

 高卒2年目の19歳とはいえ、宮城は大舞台を何度も経験してきた実戦派だ。達者なマウンド捌き、細かいプレーをこなす能力、器用な駆け引きなど、若くして老獪に見えるのは、そうした経験がもたらしているからなのだろう。実際、今もマウンド上で高いレベルの試行錯誤を続けている。

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