野村克也が「日本一のスコアラー」と絶賛。「犬猿の仲」安田猛を認めていた
「オープン球話」連載第57回
【「野村克也と犬猿の仲だ」と言われたことも......】
――前々回、前回と安田猛さんの思い出話を伺ってきました。今回はその最終回として、現役引退後の安田さんについて伺っていきたいと思います。
八重樫 現役引退後、ヤクルトの一軍投手コーチになって、野村(克也)さんの監督時代にはスコアラーもやりましたよね。安田さんは見た目は穏やかな人だけど、九州男児らしく自分の信念や意見を決して曲げない人なんですよ。それで野村さんと対立したこともあったし、一時期、「2人は犬猿の仲だ」というウワサもあったでしょ?
ヤクルトのコーチ時代、野村克也監督(右)と話をする安田猛(左)――はい、ありましたね。それで「コーチからスコアラーに飛ばされたんだ」と、まことしやかに囁かれていたこともありました。
八重樫 でも、これも後に報道されましたが、確かに野村さんと安田さんとの間で対立はあったと思うけど、最終的にノムさんは安田さんのことをきちんと認めていました。1995(平成7)年にオリックスを倒して日本一になった時に、「安田は日本一のスコアラーだ」と大絶賛していましたから。めったに人を褒めない野村さんだけに、それは本心だったんだと思いますよ。
――安田さんは2000年のシドニー五輪で日本代表のスコアラーを務めるほど、スコアラーとしての評価も高い方でした。
八重樫 真面目だったし、野球のことばかり考えていたから適任だったと思いますよ。でも本人は、本当は指導者として「後進のピッチャーを育てたい」という思いをずっと持っていましたけどね。僕がスカウトになってから、安田さんが臨時コーチをしていたJR東日本のグラウンドにも行ったんです。
――JR東日本のコーチ時代の安田さんが、現在オリックスで活躍する田嶋大樹投手を指導したそうですね。
八重樫 でも、本当は身振り手振り教えたいんだけど、ひざが悪いからそれができない。相当、もどかしかったと思いますよ。本当は自らマウンドに上がって、「こうやって、こうすればいいんだ」って指導したかったと思いますし。「もう一度、ユニフォームを着たい」という思いも強かったんじゃないかな。
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