2021.03.18

ルーキーが巨人の開幕投手に。5年で101勝したニヒルな「ジョー」

  • 高橋安幸●文 text by Takahashi Yasuyuki

「令和に語る、昭和プロ野球の仕事人」 第16回 城之内邦雄・前編 (第1回から読む>>)

 時の流れに埋もれていく「昭和プロ野球人」の過去のインタビュー素材を発掘し、その真髄に迫るシリーズ。今回は巨人のV9直前からその前半にかけて大車輪のピッチングを見せた、城之内邦雄(じょうのうち くにお)さんの言葉を振り返る。

 日活アクション映画で人気を集めた俳優・宍戸錠さんの愛称にちなんで"エースのジョー"と呼ばれた城之内さん。ご本家とも共通する苦み走ったニヒルな表情で打者をバッタバッタと打ち取る快速球のウラには、アマ時代の意外なトレーニング方法があった。

まるで野球マンガのようにカッコいい城之内邦雄の投球フォーム(写真=共同通信)
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 城之内邦雄さんに会いに行ったのは2011年4月。東日本大震災の影響で本来は3月25日だったプロ野球開幕が延期されたなか、かつて巨人のエースだった城之内さんと、巨人のルーキー澤村拓一(現・レッドソックス)との間に歴史的な接点が生まれる可能性があった。

 千葉の佐原一高(現・佐原高)から社会人の日本ビール(現・サッポロビール)を経て、1962年に巨人に入団した城之内さん。いきなり24勝を挙げて新人王に輝いたのみならず、同年の開幕投手を務めている。

 通常、開幕戦の先発マウンドにはエース級が上がり、新人に任されるケースはきわめて稀(まれ)だ。プロ野球が1リーグ制の時代には10人以上の新人開幕投手が出現したが、2リーグ制以降、城之内さんのあとは84年のヤクルト、高野光しかいない(当時。※後に2013年、楽天・則本昂大が登板)。それが、原辰徳監督の期待度高く、「澤村の開幕? 十分にチャンスはありますよ」と公言していたのだ。

 一方で城之内さんは、1月の新人合同自主トレ最終日に澤村を視察。「自分以来に開幕投手を務めるかもって聞いて、うれしくて見に来た」とコメントし、後輩の練習ぶりを見るなり「素材は素晴らしい」と絶賛、直接指導もしたという。しかも、澤村の背番号15は、城之内さんが現役時代につけていたもの。この共通項もまた、元エースの心を動かしたようだ。

 僕は城之内さんに取材を申し込んだ。そもそもなぜ、新人にして開幕投手を務め、24勝も挙げられたのか──。