2020.10.15

スーパーカートリオ加藤博一との秘話。
八重樫幸雄「2人の時は真面目だった」

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi
  • photo by Kyodo News

「オープン球話」連載第36回

【球団の垣根を超えた交流はタブーだった】

――2019年6月にスタートした「八重樫幸雄のオープン球話」。おかげさまで、連載続行も決まり、今回からは新たに「八重樫幸雄交遊録編」をスタートしたいと思います。

八重樫「交遊録」って言っても、他球団選手の友だちなんて全然いないよ。僕らが現役の頃は「他球団の選手と親しくするな」っていう時代で、今とはまったく違ったから。

――まさかの、開始早々の企画倒れ(笑)。確かに、他球団選手との交流が活発化したのは、ここ最近のことのような気がしますね。

八重樫 昭和時代は「プロ野球は勝負の世界だ」「プライベートでも他球団の選手と交流するな」という時代でしたから。せいぜい、同じ学校の先輩や後輩とあいさつを交わす程度。それに当時は、ほとんどオフ期間もなかったから、プライベートで交流する機会も時間もなかったんだよね。

――シーズンが終わってから、秋のキャンプ、秋のオープン戦もありましたよね。

八重樫 そう、まったくゆっくりする時間はなかったよ。それに僕の場合は、この連載でも言ったけど、荒川博さんの「荒川道場」に通って一本足打法の特訓もしていたでしょ。当時は12月30日の夜に実家の仙台に帰って、1月4日に東京に戻って自主トレをしていたから、交流する時間なんてなかったんです。だから、今の選手たちが球団の垣根を越えて自主トレを共にするなんて、まったく信じられないよね。

――八重樫さんは、現在の風潮には反対の立場ですか?

八重樫 いや、いくら球団が違っても、相手から「教えてください」と頭を下げて頼まれたら、一緒にトレーニングをするのは構わないと思う。だけど、それをマスコミに公表しているでしょう。あれはどうかと思うよ。