2018.10.20

「史上最高の日本シリーズ」は
森祇晶と野村克也の「不動」の戦いだった

  • 長谷川晶一●取材・文 text by Hasegawa Shoichi

西武×ヤクルト “伝説”となった日本シリーズの記憶(14)

【指揮官】西武・森祇晶 後編

(前編の記事はこちら>>)

初戦を任せる投手と、第2戦を任せる投手の役割

――日本シリーズにおける短期決戦の戦い方というのはありますか?

 監督によっては「第1戦重視」だとか、「いや、2戦を重視する」とか言いますよね。もちろん、両方勝つに越したことはないけど、僕の場合は心理的に2戦目を取ったほうが気が楽でした。なぜかというと、2戦目から3戦目にかけては、いわゆる移動日があるわけです。敗戦を引きずって敵地に乗り込むか、勝って気持ちよく敵地に乗り込むかというのでは、まったく気持ちが違うから。

「名将対決」が注目された1992年、1993年の日本シリーズ photo by Kyodo News――1992年も、1993年も第2戦の先発は郭泰源投手でした。今おっしゃった考え方で言えば、当時は郭投手に、万全の信頼を置いていたということですか?

 うちの先発投手陣で言ったら、郭泰源が一番回復力がない。でも、2戦に投げれば第6戦に中5日で投げられるわけですから。第2戦は何としてでも勝ちに行く。そこでエースを投入した。回復には時間がかかるけど、その年のナインの信頼を得ている投手を起用したわけです。

――初戦の先発と第2戦の先発投手とでは、求められる役割に違いがあるのですか?

 初戦というのは、チームのエース格であること。なおかつ、回復力が早い投手であることが求められます。そして、こんなことを言ったらアレだけど、たとえ打たれたとしても性格的にショックが少なく、引きずらないピッチャーが向いていますよ。1992年は渡辺久信、1993年は工藤公康。いずれも、決して引きずらない性格ですから。

――1992年日本シリーズは、石井丈裕投手が獅子奮迅の活躍を見せてシリーズMVPに輝きました。この年は第3戦、そして第7戦で先発して、ともに完投勝利を挙げています。

 彼は非常に馬力のあるピッチャーだし、短期決戦においても回復力のある投手ですから。それにやっぱり、気持ちが強い。第7戦でも完投させたのは、第6戦までのリリーフ陣の疲労を考慮したこともあるけど、初戦からずっと試合を続けていってある程度になると、相手からすれば継投してくれたほうが助かる場合もあるからね。僕だって、「早く岡林(洋一)を代えてくれんかな」と思っていたけど、彼も最後まで投げ続けた。だから、結果的に第7戦は延長10回まで戦ったのに、石井も、岡林も完投したというわけです。