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引退発表の井口資仁が、少年野球から
MLBまで貫いた「超マイペース」 (3ページ目)

  • 杉浦大介●文 text by Sugiura Daisuke
  • photo by Getty Images

 最近では「クラッチヒッター(勝負強い打者)というものは存在しない」という論調もあるが、それは間違いではないように思う。存在するのは、普段よりもチャンスの場面のほうがヒットを打てるようになる選手ではなく、身も凍るような状況でも平常心を保ち、普段通りにプレーできる選手だ。それが"クラッチプレーヤー"と呼ばれるのであり、少年期の井口は、まさにそんな選手だった。

それから約20年が過ぎ、ホワイトソックス、のちにフィラデルフィア・フィリーズの取材時に見たのも、当時と同じく、どんな状況でも常に自分らしくプレーできる意志の強いパフォーマーだった。

「井口みたいに野球を深く理解している選手はいない」

 ホワイトソックスがワールドシリーズを制覇した際に、オジー・ギーエン監督(当時)が残したこのコメントは有名だが、筆者の取材時にもギーエン監督は盛んに井口の活躍を讃えていた記憶が残っている。

 攻守両面で貢献した井口への評価は、2005年のチーム内で抜群に高かった。ポストシーズンの実績も加味して、MLBで成功を収めた日本人野手として、イチロー、松井秀喜に次いで井口の名前を挙げる野球ファンも少なくない。

 それほどのプレーができたのは、揺るがぬ強心臓と、自分を信じ抜く強い意志があればこそ。必要以上にMLBに適応しようとしなかったからこそ、順応が早かった部分もあるだろう。そんな井口のメジャーでの足跡は、アスリートが海外で成功するための、ひとつの条件を物語っている。

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