WBCの悲劇。そのとき、豪腕サウスポー石井弘寿に何が起きたのか (6ページ目)

  • 元永知宏●取材・文 text by Motonaga Tomohiro
  • photo by Kyodo News

──復帰までは、どのくらいかかるという診断だったのでしょうか。

「すべてが順調にいけば、試合で投げられるようになるまで1年半か2年と言われました。復帰できたとしたら僕が初めてのケースだということでした。最初は症例がない、復帰した選手はいないと言われて、目の前が真っ暗になりましたよ。でも、思い切って決断しました。また一軍に戻って『投げろ!』と言われたときに投げられるピッチャーになるために。それと、ケガをしている人がたくさんいるなかで自分が光になれればいい、大きなケガをしても復活できることを示したいとの思いもありました」

──それまでに手術の経験はありましたか。

「プロ3年目に足の靭帯を切って入院したことがありました。その後、内転筋を痛めたこともあったのですが、ボールを投げる動作は下半身から動き出して、腰、肩と連動してくるので、結果的に下半身のケガが最後に肩にきたのかなと思いました。手術後に体の仕組みを勉強してから、いろいろなことがわかりましたね」

──たとえば、どういうことですか。

「よく投手は『腕を振れ!』と言われますが、腕だけでは難しい。下半身をうまく連動させないと、当然、腕も振れません。ボールを投げる動作は、人間本来の動きにはないものです。ピッチャーは本当に身を削りながら投げているんだと思いました。だから、肩の調子がいいだけではダメで、体全体のバランスが大事。長く現役でプレーするためには、体幹を鍛えることや下半身の使い方が重要なのです」

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