阪神番が見た2014。和田監督が「闘将」になった日
番記者が見た、我がチームのターニングポイント~阪神編
交流戦が終わり、リーグ戦再開となった6月27日の中日戦(甲子園)。1―1の同点で迎えた延長10回に守護神・呉昇桓(オ・スンファン)がルナに勝ち越し本塁打を許したものの、その裏に代打・関本賢太郎の右前タイムリーで同点に追いついた。12回裏には一死満塁のサヨナラ機を演出するも引き分け。
シーズン2位ながらCSで6連勝を飾り、9年ぶりに日本シリーズに進出した和田豊監督
試合後、和田監督は報道陣の前で、こうコメントした。
「勝ち越された後も粘りを見せたけど、最後の最後で決めきれなかった。西岡は結果が出なかったけど、内容は悪くない。福留はある程度キレも出てきて、結果も出始めている。今日から、もう一回、開幕の気持ちで行こうというところで、いい緊張感を持ってやれたけど、硬かった。本当の開幕ゲームをしているようで重かった」
翌日、コーチのひとりから「昨日の試合後の会見での監督の様子どうやった?」と問われた。実は会見を聞きながら"違和感"を感じていた。コメントの内容ではない。報道陣の質問に答える和田監督の表情、口調が一変していたのだ。振り返ってみれば、この変化が2005年以来9年ぶりに日本シリーズに進出した和田阪神の転機だったのではないだろうか。
就任1年目の2012年シーズンは借金21、優勝した巨人と31ゲーム差の5位に低迷。2年目の昨年は2位に浮上したものの、9月以降の大失速で2連覇した巨人とのゲーム差は12.5。クライマックス・シリーズ(CS)でも3位の広島にあっさりと連敗。シーズン後には坂井オーナーら球団首脳から「Bクラスのような気分」と酷評されてしまった。
今季も開幕3戦目の3月30日の巨人戦で守備中に西岡剛と福留孝介が激突して、西岡が長期離脱するアクシデント。早くもベストメンバーが組めないという緊急事態に直面した。それでも4月はゴメス、マートンの助っ人コンビが大活躍。西岡の代役として出場した上本博紀も結果を残し、チームは18勝8敗で首位・広島にゲーム差なしの2位(4月30日時点)と躍進した。
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