敗れて強し。日本ハムが貫いた奔放かつ緻密な野球 (3ページ目)

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by NIkkan sports

 上沢に関してもキャンプ序盤、こんなことがあった。

 その日、投げる予定のすべてのピッチャーが投げ終え、誰もいなくなった午後の静かなブルペンに突如、栗山監督が上沢を連れて、やってきた。そして、上沢にピッチングをさせた。普段は気さくな栗山監督が、この時ばかりは「ちょっと、ゴメンね」と言って、人目を避けた。そして上沢が一球投げるたびに、身振り手振りで言葉を掛けていた。

 栗山監督は「まさか大谷と上沢が最後に行くなんて、誰も思わなかったでしょ」と言う。しかし正確には、誰も、ではない。栗山監督だけは、この日のことをイメージしていた。一軍のローテーション・ピッチャーとしての経験が皆無に等しい大谷と上沢のふたりを今年の軸に育てるんだという、並々ならぬ覚悟と予見――それを実現させ、なおかつ20歳の彼らを故障させることなく、しかもファイナルまで勝ち上がってきたのだから、育てながら勝つというハードルは完璧にクリアしている。おそらくは、大谷を「ファイナルはバッターだけで行く」と明言していたのも、ホークスにそう思わせておいて、バッターボックスに立つ大谷への厳しい内角攻めを避けさせようとしたからではないだろうか。栗山監督は、勝つことだけでなく、選手を守ることまで視野に入れて戦ってきた。

 そこで、陽岱鋼である。

 CS初戦、ベンチに入れない金子誠のユニフォームを、ベンチのどこにかけようか、ウロウロしていたナイスガイ。引退する稲葉篤紀と金子への陽の思いを誰よりも知る指揮官だからこそ、不振に苦しむ3番バッターをラインアップから外すことなく戦いの場に送り続けた。ついには第3戦の2発、5打点という大爆発をも引き出した。

 しかし、である。

 ファイターズが目指したのは、3位からの下剋上だった。

 だから、そのために何をしなければならないかという指揮官の意図を示す、象徴的なシーンがあった。負ければ終わりの第5戦。先発の大谷が序盤に4点を失い、0対4と劣勢だった5回裏、ホークスの攻撃。ノーアウト1、2塁で、バッターボックスに2番の明石健志を迎え、指揮官は勝負手を繰り出した。絶対に追加点をやれない場面で、いわゆる“ブルドッグ”と呼ばれるバント対策の“完全シフト”を敷いたのである。ピッチャーが投げるのと同時にサードとファーストが猛ダッシュ、ショートがサードベースのカバーに入るというサインプレイで、これはバッターがヒッティングに来たらそれだけのリスクを伴うギャンブルプレイでもあるが、試合が固まり始めていたこの場面、何かを仕掛ける必要があったのだと栗山監督は言う。

「守備から流れを変えるということ。お互い、探り合って、駆け引きがあって、それでも勝負をかけてシフトを敷く(結果は三振)。接戦だったらやらないけど、あれだけリードされていたら、流れを変えるために何かをしなくてはいけない。流れを変えるのは攻撃だけじゃない。守備からだって、流れは変えられるんだ」

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