2013.11.08

山﨑武司「プロ初ヒットを打った時を思い出していた」

  • 阿部珠樹●文 text by Abe Tamaki
  • 日刊スポーツ●写真 photo by Nikkan sports

プロ野球「行く人、来る人」2013

 ドラゴンズの山﨑武司は、10月5日のベイスターズ戦を最後に、ユニフォームを脱いだ。通算403本塁打。セ・パで本塁打王を獲得するなど、スラッガーとして27年におよぶ長い選手生活を送った。だが、決して順風満帆だったわけじゃない。ケガもあったし、打撃に迷ったこともあった。また、監督と対立したことも......。何度も選手生命の危機に立たされ、引退を考えたこともある。それでも、自分が本当に納得するまで現役にこだわってきた。

山﨑武司(やまざき・たけし)/1968年11月7日、愛知県生まれ。86年ドラフトで中日から2位指名を受けて入団。96年、39本塁打を放ち初の本塁打王を獲得。02年オフ、平井正史とのトレードでオリックスに移籍。04年に戦力外通告を受けるも現役続行を決意し、新規参入の楽天に移籍。07年には43本塁打、108打点で二冠王に輝く。11年に楽天を戦力外となるも、中日と契約。そして今年、27年におよぶ選手生活に幕を閉じた。

「最後の試合前に高木守道監督は、僕がホームランを打って『まだ辞めない』って言ったらどうしようって真剣に心配していたみたいですが、そんな気持ちはまったくありませんでした(笑)。まぐれで打てても、続くものじゃない。去年ドラゴンズに戻ってきてから、この2シーズンはベンチにいることが多かった。代打はあまり経験がないので、しっかり準備して1打席にかけるつもりで努力しましたが、思うようにできませんでした。最初の頃は、『ベンチに座っているのも修行』と思っていたのですが、それも2年が限界。自分は代打で生きる人間じゃない。自分の場所じゃないとつくづくわかりました。だから、これでよかったんです」

 山﨑は愛工大名電高から1986年ドラフトで中日から2位指名を受けて入団。それから27年におよぶ選手生活を送った。

「自分はプロに入った時から、長くやることが目標ではありませんでした。とにかく一軍でプレイしたい。それだけでした。一軍でプレイするようになって自信が生まれた。でも、すぐに鼻っ柱を折られて、自信をなくして、そしてまた立ち上がる。それの繰り返しでしたね。それで気がついたら、ここまで来ていたっていう感じですね」

 そしてもうひとつ、長くやれた理由に天性の体の強さがあった。

「強い体を授けてくれた両親に感謝ですよね。大きな故障もありませんでしたし。これに関しては、持って生まれた強さや運もあるけど、僕の場合は自己制御装置みたいなものを持っていたんです。体が少しでもやばいと思ったらすぐに止める。絶対に無理はしない。でも、やばいと思っていても無理をしてしまう選手は結構いますし、ケガをしてしまう選手を何人も見てきました。特に、今の若い選手は真面目で、なかなか自分から言わない。練習をするのはいいけど、体のケアをすることはもっと大事なんです」