2012.06.25

【プロ野球】小久保裕紀、2000本安打達成までの「サムライ秘話」

  • 田尻耕太郎●文 text by Tajiri Kotaro
  • 繁昌良司●写真 photo by Hanjo Ryoji

6月24日の日本ハム戦で2000本安打を達成し、鳥越コーチと抱き合う小久保裕紀 待ちに待った1本。福岡ソフトバンクホークスの小久保裕紀が、6月24日に本拠地ヤフードームで行なわれた日本ハム9回戦でプロ通算2000本安打を記録した。王手をかけて33日目での快挙達成だった。

「(ファンには)『待たせすぎやろ』と言われるくらい待たせてしまいました」

 試合後の記者会見で豪快に笑い飛ばしてみせた小久保だが、壮絶すぎる野球人生、そして過去何度もあった奇跡的な復活劇の集大成がここにあった。

 93年ドラフト2位で青山学院大学から福岡ダイエーに入団。東都大学リーグ屈指のスラッガーはプロでもその実力をすぐに発揮した。2年目に28ホーマーを放ち本塁打王を獲得してチームの主軸に。4年目には打点王にも輝いた。巨人に移籍した04年には41本塁打をマーク。巨人の右打者として史上初の40発越えで名を残した。

 プロ19年のキャリアでシーズン30本塁打以上は6度、シーズン100打点以上は3度マークしている。ここ数年は自慢の長打力に陰りが見えつつあったが、勝負強さは健在のまま。昨年の日本シリーズでは4番を務め、2試合連続先制打の活躍でソフトバンク8年ぶりの日本一の原動力となり、史上最年長でのシリーズMVPに選ばれた。

 しかし、この2000本安打達成までは「本当に長かった……」。試合中に送られてきた小久保のコメントの第一声である。昨年10月8日の誕生日で不惑を迎えた。40歳8カ月での2000本到達は史上3番目に遅い記録(東京ヤクルト・宮本慎也が41歳5カ月、落合博満が41歳4カ月)である。チームの主力で有り続けたが、これだけ多くの時間を要したのは度重なるケガとの戦いに他ならない。

 手術は8度も経験した。最も重いケガは03年。3月6日に行なわれたオープン戦で本塁クロスプレーの際に捕手と交錯。右膝がありえない曲がり方をした。前十字靭帯断裂、内側靭帯損傷、外側半月板損傷、脛骨・大腿骨挫傷。シーズンを棒に振ったのはもちろん、選手生命も脅かすほどの重傷だった。