【MLB】大谷翔平の打球の凄み「できるだけ後ろに下がるんです」 間近で体感するドジャース一塁コーチの対応策 (2ページ目)
【金属バット使用の米大学野球の課題】
――大谷選手が打球を放ったあと、観客の安全を心配している表情がテレビに映ることもあります。観客は大谷のような強打者がフルスイングする姿を楽しみにしている。そのためにも、打者が安心してスイングできる環境が大事だと思いますが、ドジャースタジアムのネットはさらに拡張が必要でしょうか。
「いや、今のままで十分だと思います。もちろんリスクがゼロになることはありません。試合に来る以上、観客は『ファウルボールに注意』という警告を頭に刻んでおくべきだし、ある程度の危険は覚悟しなければならないと思います。
大谷の打球が当たった警備員については、打球判断を誤りましたね。打球はフックしていたので、最初の位置から動かなければ20フィート(約6メートル)以上は外れていたはずです。ところが、彼は打球が曲がってくる方向に逃げてしまい、結果として打球に追いかけられる形になってしまったんです」
――現役時代、ご自身の打球が観客に当たったことはありましたか?
「何度かありましたよ。特に忘れられないのは、シングルAでプレーしていた頃のことです。私たちのダグアウトは三塁側にあったのですが、チームのオーナーが娘さんを連れて観戦に来ていました。娘さんは12歳くらいだったと思います。2ストライクからファウルを打ったのですが、それが彼女の額を直撃してしまったんです。彼女が担架で運ばれていくときは、『神様、どうか無事でいてください』と祈りましたし、その後も動揺して試合に集中できず、ずっと気持ちが乱れていました。
幸い、病院での検査の結果、大事には至らず、入院も予防的な処置にすぎませんでした。それでも、あの出来事は私にとって絶対に忘れられない苦しい記憶です。自分の打球で誰かが深刻なケガを負う――野球選手にとって、これほど辛いことはありません」
危険な打球はメジャーだけの話ではない。むしろ、金属バットを使う大学野球では、さらに深刻だ。
データサイト『ベースボール・サバント』によると、今季MLBで打球速度115マイル(184キロ)以上を記録したのは41人、合計127球にすぎない。これに対し、大学野球では約200人の打者が115マイル超えを記録している。つまり、プロの世界で「稀」とされる打球速度が、大学では「日常」になっている。
加えて、大学野球の環境は高速打球への備えが十分ではない。MLBの選手たちは整備の行き届いたグラウンドでプレーし、対戦相手の打球傾向も詳細なデータから予測できる。一方で大学野球のフィールドコンディションはチームによって大きく異なり、安全面での差が大きい。
しかも近年、大学の打者はますます肉体的に強くなり、スイング技術も洗練されている。バットセンサーや高速カメラ、機械学習によるスイングモデルは、強豪プログラムにおいてすでに当たり前のツールとなっている。
スタンフォード大の佐々木麟太郎は、MLBドラフトのトップ指名候補が集うレベルの高いアトランティック・コースト・カンファレンスでプレーしている。一塁手として日々、危険と隣り合わせの環境に立たされているのではないか。
誰もケガをするところを見たくない。観客も選手も守られる環境でこそ、打者は思いきりバットを振れるし、ファンもフルスイングを楽しめるのである。
著者プロフィール
奥田秀樹 (おくだ・ひでき)
1963年、三重県生まれ。関西学院大卒業後、雑誌編集者を経て、フォトジャーナリストとして1990年渡米。NFL、NBA、MLBなどアメリカのスポーツ現場の取材を続け、MLBの取材歴は26年目。幅広い現地野球関係者との人脈を活かした取材網を誇り活動を続けている。全米野球記者協会のメンバーとして20年目、同ロサンゼルス支部での長年の働きを評価され、歴史あるボブ・ハンター賞を受賞している。
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