大谷翔平はイチロー以来の「MVP」獲得なるか? 日本人投手・打者が歩んできたMLBオールスターの軌跡 (2ページ目)
【始まりは野茂英雄の先発登板】
大谷は2021年、オールスターゲームで先発マウンドに上がった。こちらは、日本人選手で初めて選出された1995年の野茂英雄(当時ロサンゼルス・ドジャース)に続くふたり目の快挙だ。
当時、メジャーリーグ1年目だった野茂は、レギュラーシーズンと同じくマイク・ピアッツァとバッテリーを組み、オールスターゲームで2イニングを投げた。3三振を奪い、出塁させたのはヒットによるひとりだけ。唯一の走者は、ピアッツァが二盗を阻んだ。
野茂が対戦した6人のうち3人、エドガー・マルティネス、フランク・トーマス、カル・リプケンJr.は、のちに殿堂選手となっている。ほかにも、野茂と投げ合ったランディ・ジョンソンやピアッツァをはじめ、この年のオールスターゲームには、将来の殿堂選手が数多く揃っていた。辞退選手と代替選手を含む両リーグの計61人中、4分の1以上の17人が殿堂入りしている。
野茂のオールスターゲーム選出はこの1度だが、奪三振3は佐々木と並ぶ日本人選手の通算最多だ。佐々木は、2001年に1三振と2002年に2三振を奪った。
もっとも、2001年の佐々木は9回表を3人で終わらせ、セーブを挙げたものの、翌年は1点リードの7回裏に登板し、二塁打を含む被安打3本。2失点で逆転され、佐々木にはセーブ失敗がついた。
その翌2003年に投げた長谷川滋利(当時マリナーズ)も、セーブ失敗を記録している。こちらはホームランを含む被安打3本で4失点。2アウトしか取れずに降板し、この時点では2失点ながら、代わった投手がアンドリュー・ジョーンズに二塁打を打たれ、長谷川が残した走者ふたりが生還した。
2007年の斎藤隆(当時ドジャース)、2014年のダルビッシュ、2021年の大谷は、それぞれ打者3人に対して投げ、いずれもアウトに仕留めた。2014年の上原浩治(当時レッドソックス)は2死三塁の場面で登板し、4球で三振を奪った。2019年の田中も内野安打1本を許しただけで、1イニングを無失点(2014年は出場なし)。田中と大谷は、白星を手にしている。
2 / 4