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【高校野球】「どうしたらええんや...」 甲子園初采配で追い詰められた大阪桐蔭・西谷浩一を救った"スーパー1年生" (3ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Shiro Tanigami

 すると、大阪大会7試合で75得点、チーム打率.449を叩き出した打線も目を覚ます。一死後、平田が三塁打。中田が三塁強襲安打で続き、米川(千貴)が左翼へ二塁打。さらに辻内が四球を選び、川本(健人)がライトへ犠飛。

 一挙4点の猛攻で7対6。大阪桐蔭が試合をひっくり返した。

「どのタイミングだったかは、はっきり覚えてないですけど、ベンチで『この試合は絶対負けへんぞ!』みたいなことを言ったら、選手が『よっしゃー!』って応えて盛り上がったのは覚えています。ただ、戦術的なアドバイスは何もなくて、『頑張るぞ』『負けへんぞ!』としか言えなかった。

 今の自分なら、もう少し何か言えると思うんですけど、当時は辻内が打たれて、5回になって、『アカン、アカン』『やばい、やばい』となっただけで......。まったく余裕がなかったですね」

2005年夏の春日部共栄戦で勝ち越しの本塁打を放つ大阪桐蔭・中田翔 photo by Sankei Visual2005年夏の春日部共栄戦で勝ち越しの本塁打を放つ大阪桐蔭・中田翔 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る

【幻のウイニングボール】

 7回に一度同点に追いつかれたが、その裏、中田が今度は自らのバットで左中間へ決勝本塁打を叩き込み、西谷に勝利をプレゼントした。

 これが、今では意外に思えるほど遅かった、西谷浩一の甲子園初采配、初勝利だった。のちにその事実を伝えると、「そうだったんですか」と驚かれることも少なくないという。

「前に(春日部共栄の監督だった)本多(利治)さんと話をさせてもらった時に、『あれが甲子園初勝利だったの?』と意外そうに言われました。この間、東京ガスにいる中川卓也(2018年に春夏連覇を達成した時の主将)の結婚式に出た時も、『春日部共栄の時に大阪桐蔭戦で投げました』と難波(剛太)くんがあいさつに来てくれて、『覚えてもらっていますか?』と言うから、『よく覚えてるよ。あの試合に先発して、中田と同じ1年生で......』という話になったんです。それで『あの試合、俺の甲子園初戦やってん』と言うと、『本当ですか!?』と驚いてました」

 じつは、この試合を前に選手たちは、ようやく甲子園初采配を迎える西谷のために「勝ってウイニングボールを渡そう」と話していた。ところが、苦しみながらその目標を達成した夜。西谷の部屋を訪ねてきた主将・小林晃徳の表情は沈んでいた。

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