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【高校野球】「甲子園は行きたいから行ける場所ではない」 全国制覇から33年、母校・育英を率いる安田聖寛が待つ"聖地からの迎え" (4ページ目)

  • 内田勝治●文 text by Katsuharu Uchida

1993年夏に主将として育英初の日本一を達成した安田聖寛監督 photo by Katsuharu Uchida1993年夏に主将として育英初の日本一を達成した安田聖寛監督 photo by Katsuharu Uchidaこの記事に関連する写真を見る「理事長から『おまえも高校で監督をやっているんだったら母校に戻ってこいよ』というお話をいただきました。福岡第一もたくさんのOBの方がいらっしゃいますから、きっちりと土台ができたら引き渡そうと考えていました」

【甲子園は行きたいから行ける場所ではない】

 そして2012年、部長として母校の育英に戻り、同年夏の大会終了後、監督に就任した。久しぶりに袖を通す「IKUEI」のユニフォームに「身が引き締まる思いでした」と当時を振り返る。

 甲子園出場は、春は2005年、そして夏は今季限りで現役を引退する栗山巧(西武、当時2年)らを擁して4強入りした2000年が最後。そこから遠ざかる母校で目指したのは、かつて自身が叩き込まれた「基本の徹底」と「相手を思いやる野球」だった。

「高校時代に、日下監督からキャッチボールを徹底してやらされました。キャッチボールは、『あなたのことが好きだから、取りやすいボールを投げてあげたい』というのが基本だと思うんです。『自分を見てくれ』という"アイラブミー"ではなく、いかに相手を思いやるスローイングができるか。それは生活面でも相手の気持ちに気づけるかどうかにつながっています」

 兵庫県の高校野球は、報徳学園や東洋大姫路、神戸国際大付など私学勢が強豪として名を連ねる一方、今夏の決勝は社(やしろ)対明石商の公立勢対決と、どこが勝ってもおかしくはない。育英は2回戦で今春の近畿王者・報徳学園に3対5と惜敗。甲子園に出場するには、技術以上に「品格」が必要だと安田は考えている。

「全国の高校球児に『甲子園に行きたいか?』と聞けば、100%行きたいと答えるでしょう。でも、甲子園に2回出させてもらった経験から言えるのは、甲子園は行きたいから行ける場所ではないということです。チームの品格、立ち居振る舞い、野球に対する姿勢、そういったものがすべて整った時に、甲子園のほうから迎えに来てくれるものだと思っています」

 母校を率いて15年目。指揮官の目指す場所にブレはない。

「今の目標は、まず秋の近畿大会に出場して、来春の選抜に出場すること。毎年甲子園に顔を出せるような土台をつくって、次にバトンをつなげていきたいですね」

 かつて自身が受け継いだ育英の誇りを次の世代へ──。再び甲子園が迎えに来てくれるその日まで、安田は目の前の1球と誠実に向き合い続ける。

文中敬称略

著者プロフィール

  • 内田勝治

    内田勝治 (うちだ・かつはる)

    1979年9月10日、福岡県生まれ。東筑高校で96年夏の甲子園出場。立教大学では00年秋の東京六大学野球リーグ打撃ランク3位。スポーツニッポン新聞社でプロ野球担当記者(横浜、西武など)や整理記者を務めたのち独立。株式会社ウィンヒットを設立し、執筆業やスポーツウェブサイト運営、スポーツビジネス全般を行なう

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