【高校野球】健大高崎にまた怪物出現 2年生エース・石垣聡志、ロッテ1位右腕から受け継いだ魂で群馬3連覇に挑む (3ページ目)
ちょうど島に移住したタイミングで、活動を休止していた「八重山ポニーズ」が7年ぶりに復活。それまでに大嶺祐太(元ロッテほか)や嘉弥真新也(元ソフトバンクほか)、平良海馬(西武)らを輩出した島唯一となる中学硬式野球チームの活動再開は「中学で硬式をやりたかった」という石垣にとっては朗報だった。
八重山ポニーズでは投手として順調に成長を遂げ、3年時にはU16ポニー日本代表でアジア王者として世界大会に出場。外国の強打者を相手に「真っすぐだけをすごく打たれたので、変化球であったり、コースを投げきることの大切さを学ぶことができました」という。
高校進学の際、関東の強豪校などから勧誘を受けたが、石垣島でキャンプを行なう健大高崎のレベルの高さに憧れて入学を決めた。ちょうど中3に上がる春、健大高崎が石垣元気、佐藤龍月の活躍で選抜優勝を決めたことも決め手のひとつだった。
「2学年上に元気さんや龍月さんがいるのは大きなポイントでした。それまでは石垣島の高校の練習しか見たことがなかったので、健大高崎のキャンプを見た時は驚かされました。レベルの高い高校でやるなら健大高崎かなと思い、入学を決めました」
【世代ナンバーワン右腕への挑戦】
今冬は昨秋に負傷した太もも裏肉離れの完治と強化を最優先としながら、腹筋、背筋を中心とした体幹部分を鍛え上げ、今春の公式戦では最速143キロをマーク。中学時代の140キロから3キロアップした。好きな言葉である「日進月歩」のとおり、絶え間なく、日々進歩を続けている。
「球速アップはずっと頭にありましたが、なかなか141キロ以上が出ない状況でした。まだまだこれからですが、投手としての完成度や、投球術に関しては成長があったなと思っています」
エースとして臨む高校2度目の夏が間もなく始まる。群馬3連覇はあくまで通過点。目標は、石垣元気や佐藤龍月のように、甲子園で活躍できる投手になることだ。
「高校3年間で155キロは投げたいです。そのためには『この方法だったら球速は上がる』という考え方を、いろんな試合や選手を見ていきながら、自分のなかで正解を見つけていくことが大切だと思っています。そして世代ナンバーワン右腕になって、将来はプロ野球の一流のなかで結果を残し続けられる投手になりたいです」
偉大な先輩の後に続くため、石垣は力の限り右腕を振る。
著者プロフィール
内田勝治 (うちだ・かつはる)
1979年9月10日、福岡県生まれ。東筑高校で96年夏の甲子園出場。立教大学では00年秋の東京六大学野球リーグ打撃ランク3位。スポーツニッポン新聞社でプロ野球担当記者(横浜、西武など)や整理記者を務めたのち独立。株式会社ウィンヒットを設立し、執筆業やスポーツウェブサイト運営、スポーツビジネス全般を行なう
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