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「上智大に最速153キロの投手」スカウトも熱視線を送る正木悠馬の正体 上智大初のNPB選手となるか? (2ページ目)

  • 高木遊●文 text by Takagi Yu

 観客のなかには、20年来の上智大野球部ファンという男性の姿も。「上智大史上ナンバーワンの投手ですよ」と、熱く語ってくれた。

 だが、帝京平成大も意地を見せる。正木の球数が110球を超えると、無死から連打を浴び、さらに四球や暴投で1点差に。スクイズを敢行され、本塁への送球が野選となり、ついに同点に追いつかれた。悔しそうにマウンドを降りる正木。

 しかし、あとを継いだ聖パウロ学園出身の左腕・岩渕歩(4年)がピンチをしのぐと、タイブレークとなった延長10回、上智大が1点を勝ち越し。その裏も岩渕が無失点で抑え、上智大が連勝で帝京平成大から勝ち点を奪った。

最速153キロを誇る上智大・正木悠馬 photo by Takagi Yu最速153キロを誇る上智大・正木悠馬 photo by Takagi Yuこの記事に関連する写真を見る

【米国育ちの異色の野球人生】

 試合後、正木に話を聞くと、開口一番「全然ダメでした」と反省の言葉が口をついた。

「今日というより、リーグ戦全体を通して体のズレを感じています。上半身と下半身のタイミングが合えば150キロが出るんですが、なかなかうまくいかなくて。改善点ばかりです」

 例の"噂"について尋ねると、「先週の学習院大戦で153キロが出ました。ウチのスピードガンに加え、相手のスピードガンでも計測したようです」と明かす。この日の最速は150キロだったが、「148キロ台を超える球が増えてきました」と手応えを感じ、「プロに行きたい」という思いも強くなってきたという。

 正木は横浜市出身だが、1歳の頃に父・良太さんの転勤でアメリカ・アラスカ州へ。野球とは無縁の土地だったが、小学2年で日本に帰国すると、「気づいたらやっていました」と父もやっていた野球を始めた。

 中学2年からは再びアメリカに渡り、高校はワシントン州のレドモンド高へ。MicrosoftやAmazonの本社が近く、その社員の子どもたちが多く通う同校は学力が高かった。野球のレベルは「僕らの代はコロナで大会がなかったのですが、地区のプレーオフには毎回出ていました。ただ、すごく強いチームというわけではないです」(正木)というチームで、おもに遊撃手を務めた。

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