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夏の全国制覇で高校卒業後の進路を変更 京都国際・西村一毅は公務員志望から野球を続けることを決意した (2ページ目)

  • 沢井史●文 text by Sawai Fumi

 夏の栄光は、徐々に遠い過去になっているようだ。甲子園の決勝まで進んだため、新チームのスタートはどこよりも遅れた。小牧憲継監督は「私の指導力不足でした」と秋の敗因を挙げたが、西村自身も春から夏にかけての"勤続疲労"もあったのだろう。

 秋は表舞台から早々降りることになったが、今秋の公式戦で躍動する同世代の動向はこまめにチェックしていたという。

 11月に明治神宮大会で優勝した横浜高のエース左腕・奥村頼人は、中学時代に滋賀県選抜チームでともにプレーした間柄だ。中学時代まで外野手だった西村は、奥村が横浜高でさらに成長している姿に目を奪われたという。だが、奥村の活躍以上に注目していたことがあった。

「自分はピッチャーなので、どうしても打線に目がいってしまいます。横浜高も打線はいいですが、同じ近畿の東洋大姫路の打線はミート力が高くて、打球が強いバッターが多いなと思いました。そういう打線を抑えられるようなピッチャーにならないといけないですね」

【いま取り組んでいる新たな武器】

 11月下旬に開催された全国の強豪校が集って交流試合をする『くまのベースボールフェスタ』で、夏の甲子園の決勝で対戦した関東一高戦に登板した。久しぶりの実戦で、小牧監督が「感覚的なものがまだまだだった」と言うように、得意のチェンジアップを見切られ、痛打される場面が目立った。

「投げミスが多かったです。自分で配球を考えたり、チェンジアップの使い方をもっと考えたりしないといけないと思いました」

 フォーム改良の最中の登板だったとはいえ、まだまだ課題が多いと西村は明かす。高校入学後に本格的に投手に転向してまだ1年半。今年は甲子園優勝というこの上ない経験値が加わったが、だからこそさらなるレベルアップが必要と、最後の夏のマウンドに向け闘志を燃やしている。

「まだフィジカルが弱いですし、体力面も精神面もまだまだです。体のバランスを意識したトレーニングや筋力トレーニングはやっているんですけれど、冬場はさらに時間をかけたい」

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