【ドラフト2024】東北の大学球界に「右の大砲」出現 富士大・渡邉悠斗は「山﨑武司二世」だ!

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko

 ドラフト前になると、「右の大砲がほしい」や「右の大砲がいない」という願望や嘆きが、あちこちから聞こえてくる。

 以前は「左腕がほしい」「使えるサウスポーがいない」というのが、スカウトたちの決まり文句だったが、そうした声はいくらか小さくなったものの、その代わりに「右の大砲」の需要が高まっている。

 もともと、右の大砲はいた。いるにはいたのだが、彼にも脚力や高い守備力を求めるものだから"ドラフト対象外"となり、結果、プロ野球界に右の大砲が不足するという事態に陥った。

富士大の長距離砲・渡邉悠斗 photo by Sankei Visual富士大の長距離砲・渡邉悠斗 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る

【3年春から不動の4番として活躍】

 今年のドラフトなら、青山学院大の西川史礁(外野手)がその筆頭候補なのだろうが、「では2番手は?」となった時に、なかなか名前が出てこない。

 大阪商業大の渡部聖弥(外野手)、青山学院大の佐々木泰(三塁手)、JR東日本東北の大西蓮(一塁手)......ポチポチ名前は挙がっても、プロで「右の大砲」となるとちょっと違う。

「じゃあ、いないのか......」となりそうな時に、東北の大学球界に「山﨑武司」を見つけた。山﨑は中日、オリックス、楽天と27年のプロ野球生活で、通算403本のアーチを放った屈強な「和製大砲」である。

「高校、大学の7年間で一度もケガをしたことがないんです」

 ボソッと、そう当たり前のような顔で語ったのが、「東北の山﨑武司」こと富士大の渡邉悠斗(一塁手/181センチ・87キロ/右投右打)だ。

 いまリーグ戦で一塁を守っているからそう表記したが、三塁もできて、堀越高校時代はレギュラー捕手としてマスクを被っていた。

「疲れとか、痛みとか、あんまり感じたことがなくて、記憶にあるのは、大学2年の時にコロナにかかって、その復帰の頃にちょっと肩が張ったぐらいで......」

 ケガや故障で離脱する選手が増えているなか、頼りになるのはいつも元気にグラウンドにやって来て、野球に取り組むヤツだ。そういう意味で、渡邉は正真正銘の屈強な心身の持ち主である。

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著者プロフィール

  • 安倍昌彦

    安倍昌彦 (あべ・まさひこ)

    1955年、宮城県生まれ。早稲田大学高等学院野球部から、早稲田大学でも野球部に所属。雑誌『野球小僧』で「流しのブルペンキャッチャー」としてドラフト候補投手のボールを受ける活動を始める。著書に『スカウト』(日刊スポーツ出版社)『流しのブルペンキャッチャーの旅』(白夜書房)『若者が育つということ 監督と大学野球』(日刊スポーツ出版社)など。

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