この夏の主役候補、日本文理・田中晴也の短すぎた夏。甲子園での敗戦は「伝説」の序章にすぎない (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

 試合のラストバッターとなり、空振り三振に倒れた田中は名残惜しそうに打席で固まり、バットを見つめた。主役候補としては、あまりに短い夏だった。

 乱調の原因は指先にあった。新潟大会準決勝で右手人差し指にできたマメが潰れ、投球に支障をきたすようになった。それでも新潟大会決勝は延長11回を投げ抜き、1失点の好投でチームを甲子園に導いている。その後は治療回復に努めたが、海星戦では「5回くらいから悪化し始めた」(田中)という。ユニホームの太もも部分は指先を拭うため、血に染まっていた。

 マメが潰れると投球にどんな影響があるのか田中に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「(ボールをリリースする際の)最後のひと押し、もうひとかかりが通常より弱かったと思います。影響はありましたが、そのなかで抑えないといけませんでした」

 リードする捕手の竹野聖智は、田中のボールについてこう証言する。

「序盤はいい球がきていたんですけど、ボールが先行してしまって打者有利のカウントにして連打を浴びるケースが多かったと思います。万全とは言えない状態でした」

進路は「これから考えます」

 この夏が田中にとってリベンジの舞台になるはずだった。昨夏に初めて甲子園のマウンドを経験したが、敦賀気比(福井)の強打線に15安打とつかまり、8失点を喫している。「無力感を覚えました」という田中は、その後の1年間で自分を磨き上げ、今やドラフト上位候補と呼ばれるまで力をつけた。それでも、1年後に待っていたのは過酷な現実だった。

 日本文理の鈴木崇監督に「甲子園のファンに田中投手のもっと違う姿を見てもらいたかったのではないでしょうか」と尋ねると、鈴木監督は質問が終わり切らないうちに「本当にそうですよね」と実感を込め、こう続けた。

「指のアクシデントも不運な打球もありましたけど、それもあっての野球ですから。そんななかでも田中らしさをみなさんにも見てもらいたかったですし、田中にもしてもらいたかったですね」

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