「補欠監督」だからできた仙台育英の大改革。保護者の前で「数値重視」を宣言した (4ページ目)
【"補欠監督"だからできた新しい試み】
2017年12月、仙台育英に激震が走った。野球部員の飲酒、喫煙問題の責任を取って、当時の監督がやめることになったのだ。後任に選ばれたのが、仙台育英の系列校である秀光中等学校の教員で、野球部の監督を務めていた須江だった。
2018年1月1日から指揮を執ることになったのだが、不祥事を受けて、チームは約7カ月間の対外試合禁止処分を受けていた。須江は監督就任後すぐに77人の選手たちと面談を行ない、このときに「ここからの2年間で、向こう20年間の仙台育英の野球を作るつもりで取り組んでいく」と宣言している。
「よく『不祥事明けで大変でしたね』と言われますが、意欲あふれる子どもたちだったので、そんなことはありません。新しいシステムを入れて、試合に出る選手、ベンチ入りメンバーの基準を明確にしていくと、チームに疾走感が生まれました」
2017年夏の甲子園ではベスト8まで進んでいたように、チームには地力があった。他校との練習試合はできなかったが、選手たちは練習で腕を磨き、紅白戦でしのぎを削った。
「保護者のみなさんの前で、自分が"数値を重視する指導者"であることをお話しました。試合に出るためには、この数値をクリアしなければならない、そのためにはこういうトレーニングが必要だと。ユニフォームを着て試合に出るトップチームに入るまでの道筋を示したうえで、実戦で力を証明してほしいということを伝えました」
対外試合禁止処分が解けたのは2018年6月4日だった。その半年の間に、チームは少しずつ変わっていった。
紅白戦の個人成績と日々の練習評価(守備)でチーム分けし、5月からは「代表決定戦」を行なった。完全な実力主義を敷き、主観の入り込む余地のない数値を積み上げながら、ベンチ入りメンバーを決めた。そして同年夏の宮城大会を勝ち上がり、甲子園に戻ってきた。
「僕は"補欠監督"のよさを前面に出せたように思います」
監督は、野球の"目利き"だ。数字に表れないものまで見通すことができる――。そんな思い込みを排除した試みだった。
「『いい監督なら、試合で活躍できる選手を見分けられる』というのは、錯覚だと思っています。実践向きだと思える選手はいますが、結局はやらせてみないとわからない。能力と結果は、必ずしも同じじゃないですから。野球ってそんなに単純なものじゃない」
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