あの北京五輪を彷彿とさせる大熱投。上野由岐子がレジェンドであり続ける理由 (3ページ目)

  • 田尻耕太郎●文 text by Tajiri Kotaro
  • photo by Jiji Photo

 朝10時にプレーボールした3位決定戦のトヨタ自動車戦、立ち上がりは最悪だった。いきなり四球を与え、次打者にはヒットを許した。ロースコアが基本のソフトボールにおいて、先制点は勝敗を大きく左右する。ましてや、フォームを変えて臨んだ試合でいきなりの大ピンチである。プロ野球でも多くの投手が「立ち上がりは不安」と言うように、自分自身の調子を疑って自滅する者もいると聞く。だが上野は、表情ひとつ変えることはなかった。むしろ、余裕すら感じるマウンドさばきを見せていた。

 試合後、この場面を上野はこう振り返った。

「私のなかでは冷静でした。今日の自分にすごく自信を持っていたんです。ちょっと甘く入っても打たれないと、気持ちに余裕を持てていました。その後のイニングもずっとランナーを背負っていましたが、気持ちの余裕はずっとありました」

 鴻江との信頼関係もあるが、これが上野由岐子である。今年、日本リーグで自身15度目のノーヒット・ノーラン(うち8度は完全試合)を成し遂げたが、マウンドでは「1イニングで15球はボールを投げてもいい」と考えているという。

「全部抑えなきゃと思うときつくなる。フォアボールを3つ出して、3ボールになってもゼロに抑えればいい。打たせないのが仕事じゃなくて、失点しないのがピッチャーの役割ですから」

 マウンドを、そしてグラウンドを自分の空間として支配する。

 ソフトボールは20秒以内に投球しなければならないルールがあり、ネット裏に大きくタイムが表示される。それでも上野はロジンバッグに手をやると「ボールでいいよ」「あせらないで」「力まないで」と自分自身に言い聞かせ、気持ちをリセットしてから投げることを心がけている。

 この日、3位決定戦の主審の判定は厳しかった。これに崩れたのは、トヨタ自動車のマウンドを託された絶対的エースでもあるモニカ・アボットだった。彼女は試合後の会見で、「球数......すごくいい球がいったのに審判が(ストライクを)取ってくれなくて、リズムをつくれなかった」とコメントした。アボットとバッテリーを組む峰幸代は言う。

「アボットの調子は悪くなかった。だけど、彼女は審判の判定にイライラしていました。自分で自信をなくしてしまうんです。上野さんはそれがなかった」

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