死闘を制した佐々木朗希に見た涙
「精神的に追い詰められていたんだ」

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kikuchi Takahiro

盛岡四が見た怪物・佐々木朗希(後編)

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 0対2で迎えた9回裏。三塁側の盛岡四(四高)スタンドからは「ぶちかませ、いてこませ」の大合唱が鳴り響いた。原曲はJリーグ・ガンバ大阪のチャントで、四高の定番曲というわけではなかったが、今夏はこのチャントをすると得点が入る縁起のいい巡り合わせがあった。

「魔曲」に乗せられるように、四高は猛反撃を開始する。先頭の4番・畠山航輔が145キロのストレートを見極めて四球。この出塁に四高ベンチは大いに沸いた。ベンチにいたエースの菊地芳(かおる)がその理由を解説する。

「今年の四高の特徴で、7~9回に得点が入らなかったことが1回もないんです。先頭打者が出る時は何かあるので、航輔が出たときは『ワンチャンスあるな』とベンチが盛り上がりました」

サヨナラ負けのピンチを迎え、マウンドに集まる大船渡ナインサヨナラ負けのピンチを迎え、マウンドに集まる大船渡ナイン 続く2年生の好打者・黒渕怜はこの試合初の長打となるライト線二塁打を放ち、無死二、三塁。打席にはこの試合ノーヒットの横山慶人が入る。

「ヨコ~!」

 クラスメイトの友人が叫んでいる声が聞こえてきた。三塁側スタンドはお祭り騒ぎ。だが、それも打席に入ると不思議と聞こえなくなった。横山は「自分のスイングをしよう」と心に決めていた。

「試合前からテレビを見ていても配球は基本的に外一点張りなので、外だけを張っていました」

 カウント2ボール、2ストライクから佐々木が投じたのはワンバウンドになるフォーク。だが、横山のバットは止まった。老朽化したピッチングマシン「スリーローター」での特訓が生きたのだ。フルカウントから狙うのは、外のストレートしかない。横山は「ストレート以外はごめんなさい」と腹を決めた。

 佐々木が投じたストレートを横山はコンパクトなスイングで弾き返す。低く強い打球はショートの右を抜けていった。横山は打球が抜けたあとの記憶がすっぽりと抜け落ちているという。

「あとで映像を見たら、びっくりするくらいガッツポーズしていました」

 2者が生還して2対2。それは怪物がこの夏初めて喫した失点だった。熱狂は三塁側スタンドだけでなく、バックネット裏まで伝播していった。

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