2019.08.27

松坂大輔の「伝説の決勝戦」で2四球。
今も忘れない平成の怪物の記憶

  • 井上幸太●文 text by Inoue Kota
  • photo by Inoue Kota

 目の前の一戦に集中し、どこか夢を見ているような感覚で戦ってきた夏が幕を閉じた。悔しさはあったが、解放感と達成感も同時に感じていた。

「春のセンバツで大敗(初戦で岡山理大付に2-18で敗戦)して、恥をかいて……正直、甲子園は嫌な思い出しか残ていませんでした。でも無理かなと思っていたなかで、夏も甲子園に戻って来て、決勝まで勝ち進むことができた。決勝でノーヒット・ノーランをされて悔しさありましたが『やっぱ甲子園っていいところやな。努力は報われるもんなんやな』と」

 夏の決勝には、ひとつエピローグが残されていた。神奈川で開催された国体の決勝で、再び横浜と対戦したのだ。

「1-2で負けたんですが、松坂から(チームで)8本ヒットが打てた。ノーヒット・ノーランの映像は嫌でも流れるけど、むしろこっちの映像を見たいんで流してくれんかなあ、と思いますね(笑)。この試合があったから、野球を嫌いにならずにいられたのかな、とも思います」

 野球を嫌いにならなかった——この言葉どおり、田坪は大学でも野球を続け、卒業後は野球をはじめ、数多くのスポーツ用品を小売店に卸す問屋に就職。その後、「もっと野球に深く関わりたい」と、スポーツメーカーのウイルソンに転職。野球を担当し、今年3年目を迎える。

 現在はグラブの企画、開発に携わっている。仕事柄、現役の高校球児と関わる機会も少なくない。

「メーカーで働いていて『これを現役の時に知っていればなあ……』と思うことがいくつもありますね(苦笑)。とくに思うのは、正しい使い方や手入れの仕方。高校の時に使っていたグラブは、変な手入れの仕方をしてしまったせいで、めちゃくちゃ重かった。グラブの軽さを維持できる手入れの仕方を知っていたら、もっと守備範囲も広がっていたのかなと。そういったことを、現役の選手たちに伝えていきたいですね」