野村祐輔らが明かす、しびれる3年間。
広陵OBは修行を経て成長する (2ページ目)
普通の野球部であれば、夏の大会が終わった時点で三年生は引退することになる。そして、ドラフト会議を終えて入団会見に臨んだ根尾昴(大阪桐蔭)や吉田輝星(金足農業)のように、少しずつ髪の毛を伸ばし始める。しかし、広陵の選手たちは卒業するまでは坊主頭のまま。受験勉強に励む生徒以外は、ずっと練習に参加する。
2018年、プロ野球チームに所属した広陵OBは15人(横浜の17人に続いて2位の多さ)いたが、高校卒業後すぐにプロ入りするのではなく、多くの選手は大学や社会人を経由してプロにたどり着いた。野村祐輔(広島東洋カープ)は明治大学で、小林誠司(読売ジャイアンツ)は同志社大学、日本生命で腕を磨き、ドラフト1位選手になった。この秋のドラフト会議でも、広陵OBの太田光(大阪商業大学)が東北楽天ゴールデンイーグルスから2位指名を受けている。
高校卒業後に成長する広陵の選手たち
広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか? 明治大学で通算30勝を挙げ、プロ入り後に7年間で65勝をマークした野村は言う。
「広陵では、やらされるのではなく、自分でやるという習慣がつきました。『やれ』と言われたことをやるのは簡単ですが、大学ではそんなことを言ってくれる人は少ないですから。広陵の3年間で、自分で考えて実行する力がついていたので、大学でいい成績を残すことができたんじゃないかと思います」
広陵、明治大学で活躍し、ドラフト1位でカープに入団した野村 高校野球では監督の命令は絶対で、それにただ従うだけという野球部も多い。だが、選手に自主性がなければ、強制する者がいなくなった途端にだらけてしまう。広陵はそういう野球部ではない。野村は、高校時代の練習スケジュールを挙げながら続ける。
「広陵では、選手を型にはめることがありません。平日の全体練習は18時か、遅くても19時に終わります。強豪と言われるところでは21時、23時まで練習する高校もあるようですね。僕たちも夕食後にまた練習しますけど、それは自主的なもので、自分に足りないところを補い、自分がしなければならないことをする時間です。短所を直して、長所を伸ばす練習ができました。15歳のときからずっとそうしてきましたから、大学でも戸惑うことはありませんでした」
広陵の選手たちは、四六時中、見張りをする教官がいなくても、決められた過酷な練習メニューがなくても自分で考えることができる。だから、野球部を巣立ってからも、高校時代と変わらず自分を鍛えることができるのだ。
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