2018.06.27

監督はコンビニ経営者。別海高は
「乳しぼりができる甲子園球児」を目指す

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko

「人ひとりに対して牛が1000頭の土地ですから……」

 そんな”前情報”を別海(べっかい)高校の島影隆啓監督からもらっていたが、釧路を過ぎてから1時間あまり、本当に人の姿はない。その代わり、いくら車を走らせても道路の脇には緑の丘陵が広がり、白地に黒や茶色の大きな斑点を身にまとった乳牛が次々と現れてくる。しかもデカい。本州でも乳牛を見ることはあるが、明らかに大きさが違う。

「デカいですよ! 私の背丈ぐらいの牛がゴロゴロいますから」

 そう言って笑う島影監督のサイズは身長が約178センチ、体重100キロ超。牛にも負けず劣らずの”巨漢”なのである。

部員4人の時期もあったが、現在はマネージャー含め27人が所属する別海高校野球部 島影監督が釧路にある武修館高校の野球部監督を辞して、故郷である別海町に戻ってきたのは2013年。31歳のときだった。

 どんな事情で武修館をやめたのか詳しくはわからないが、おそらく複雑な”大人の事情”があったのだろう。ただ、島影監督が4月にチームを去った後、武修館高校は同年夏の甲子園に北北海道代表として出場。つまりメンバーのほとんどは、島影監督が手塩にかけて育てた選手ばかり。若いが腕利きの指導者なのだ。

 それ以上に、私が島影監督に敬意を抱いていることがある。それは毎年、6月と11月に遠路はるばる東京に足を運び、大学選手権、明治神宮大会を生観戦することだ。全国レベルの戦いをその目で確かめ、自らの指導に反映させようとする。何かを吸収しようと本気で観戦している監督って、実はあまりいないのではないだろうか。北海道から、しかも道東の釧根地区から東京にやって来るのは並大抵のことではない。

 釧路から郷里・別海に戻り、3年間は少年野球の指導をしていたが、2016年に別海高校の監督に就任。しかしそのとき、部員はたったの4人しかいなかった。

「この4人をなんとか勝たせてあげたい……最初に思ったのは、それでした」

 前年の夏までは別海高校の単独チームで公式戦に出場していたが、一度も勝利したことはなかった。

「結局、連合チームで出場した最後の夏も勝てなかった。でも、この4人がこっちに帰ってくると、必ずグラウンドに来てくれるんですよ。差し入れなんか持ってね。まだ3人は学生なのに」