2018.05.30

53歳の山本昌が、突然ピッチング
練習を再開。その驚くべき理由は?

  • 菊地高弘●文・写真 photo by Kikuchi Takahiro

 まるで映画のワンシーンでも見ているかのようだった。

 夕闇に染まるブルペン、ジャージ姿の大男がマウンドに立つ。両腕を揃えて天に掲げるような特徴的なワインドアップから、捕手に向かって軽く左腕を振り下ろす。球速にすれば80キロにも満たないようなスローボール。それなのに、ボールにはしっかりと回転がかかっており、捕手のミットを「ドスン」と叩く。

 ブルペンの脇でトレーニングしていた10人ほどの高校生が、一斉に手を止めて大男のキャッチボールにじっと見入る。誰も言葉を発しない。ただただ静謐(せいひつ)な時間が流れていた。

 球児たちの視線に気づいた大男は、苦笑しながらこう言った。

「ごめん、ごめん。3年ぶりだからまだこんなボールしか投げられないけど、あと2、3カ月もすれば、お前らよりいいボールを投げるようになるから」

山本昌コーチ(写真中央)の話を熱心に聞く日大藤沢の選手たち 大男は8月で53歳になろうとしている。だが、その言葉を冗談と受け取った選手は誰もいなかった。何しろ、男は3年前まで現役選手、それもプロ野球の投手だったのだから――。

 エースの新村太郎(3年)は今年の3月、季節外れの雪の日に受けた衝撃が忘れられないという。

「山本昌さんのことはもちろん前から知っていました。でも初めて練習に来られた日に、『こんなにデカイのか!』と驚きました。想像を超えていたというか、『プロって大きいんだな......』と思いました」

 同じサウスポーでもある新村は、伝説の左腕を目前にして上気しながらも、そのひと言ひと言を聞き漏らすまいと集中した。

「僕はコントロールに悩んでいて、テイクバックを小さくして投げていたんですけど、山本昌さんから『(腕を)大きく回してみたら?』とアドバイスをいただきました。すると腕の振りがスムーズになって、コントロールがよくなったんです。それと同時にスピードもキレもよくなりました」

 50歳まで現役を続け、通算219勝を挙げた山本昌が、2018年2月に学生野球の指導者資格を回復。母校である日大藤沢高校の特別臨時コーチに就任した。日大藤沢の山本秀明監督が山本昌の実弟という深い縁もあった。