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西のライバル、履正社・安田尚憲が語る
「センバツと清宮幸太郎」 (3ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • 大友良行●写真 photo by Ohtomo Yoshiyuki

 その年の4月から小学校に進み、豊津東少年野球団で本格的に野球を始めていた安田の心に火がついた瞬間だった。大きな体も武器とし、6年のときには12球団トーナメントの阪神ジュニアにも選抜された。そのお披露目が阪神タイガースのファン感謝デーで行なわれ、このとき初めて安田は甲子園のグラウンドに立った。

「とにかく大きさがすごくて、グラウンドから見たスタンドもファンの人でいっぱい。自分がここでプレーするとか、したいとか、そういう気持ちがどうこうというより、ただ『すごい場所だな』と圧倒されました」

 中学に進むと、元阪神の赤星憲広氏が代表を務める硬式野球チームの「赤星レッドスターズ」に入団した。今の姿を見るかぎり、中学時代に伝説を残すような活躍を想像してしまうが、そうではなかった。

「土日にやる練習試合で打ったホームランは、たぶん5本ぐらいです。当たれば飛ぶ、というレベルの選手で、打てる感じはあまりなかったと思います」

 シニアやボーイズといった連盟に加入していないチームだったため、大会に出場することはなく、高校野球関係者の目に触れにくい点はあった。しかし、それを差し引いても、高校進学に向け"スカウト合戦"が繰り広げられるようなこともなかった。

 この中学時代にも、赤星とのつながりで、甲子園で練習試合を行ない、初めて憧れの地でプレーをした。圧倒的な広さを感じながら、高校球児としてここに戻ってくる姿をぼんやりと浮かべていた。

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