焼肉屋の店員から球界に復帰。2000年の阪神ドラ1、藤田太陽の今
阪神タイガースと読売ジャイアンツが獲得を競い合ったのち、2000年のドラフト1位で阪神に入団した藤田太陽。大型ルーキーとして活躍が期待されるも、2002年に右肘の靭帯を損傷し、トミー・ジョン手術を経験。その後も相次ぐケガで思うような結果は残せず、西武、ヤクルトを渡り歩いて2013年に引退した。
引退後は西麻布の焼肉屋で働いていることが話題となったが、今年から富山のクラブチーム、ロキテクノベースボールクラブで投手兼任コーチとして現役復帰。36歳にして再びユニフォームに袖を通す決断をした理由と、そこに至るまでの激動の人生について、本人に直撃した。
2年のブランクを経て、野球界に戻ってきた藤田太陽――3月21日に富山大との交流試合に先発して2回を2安打無失点。手ごたえはどうでしたか?
「一応140キロ近くは出ましたけど、投げてるっていうよりはキャッチボールの延長線上という感じでしたね」
――やはり、トミー・ジョン手術の影響がある?
「けっこうありますね。右肘には水が溜まりますし、急に固まった状態になることもあります。今も靭帯が部分断裂していて、クラブチームで投げ出すようになってからは、また痛みも出てきました」
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