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競輪・古性優作が「毎日すべてを捧げ」悲願のダービー王に 明かした選手続行に迷った日々と到達した至高の領域

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GⅠ日本選手権競輪で初タイトルを獲得した古性優作 photo by Manabu TakahashiGⅠ日本選手権競輪で初タイトルを獲得した古性優作 photo by Manabu Takahashiこの記事に関連する写真を見る

涙の優勝

「日本一になるために毎日すべてを捧げてきましたので、本当にうれしい」

 5月1日~6日まで平塚競輪場で開催されたGⅠ「第80回日本選手権競輪」で、同開催初の栄冠に輝いた古性優作(大阪・100期)が、声を震わせながらそう語り、零れ落ちそうな涙をタオルで何度もぬぐった。

 日本選手権競輪は通称ダービーと呼ばれる一大決戦。その歴史は古く、1949年に競輪界初の特別競輪として創設され、1960年の開催では約23万人の入場者数を記録するなど、大きな注目を集めるとともに、数々の名勝負が繰り広げられてきた。

 出場できるのは、男子競輪選手約2200名のなかで、トップ9のS級S班をはじめ、選考期間内での選考用賞金獲得額上位者など、精鋭162名。まさに今の競輪界を引っ張っていく選手たちが一堂に会した開催だ。

 だからこそ自らの強さを証明するために古性はダービーでの優勝に全身全霊を傾けてきた。さらにこの涙には特別な思いが隠されていた。

「昨年1年間、本当にふがいなくて、選手を続けたくなくなる時がすごく多くて......」

 そう言って再びタオルで目頭を押さえた。

優勝を手にし古性の目から涙があふれる photo by Manabu Takahashi優勝を手にし古性の目から涙があふれる photo by Manabu Takahashiこの記事に関連する写真を見る 2025年2月から今開催まで8連続でGⅠ決勝に進出していた古性。しかしここまで頂点に立つことは叶わず、GⅠ優勝は2024年10月の「寬仁親王牌・世界選手権記念トーナメント」から遠ざかっていた。

 さらに古性の心を大きく揺さぶったのが、昨年6月のGⅠ「高松宮記念杯競輪」開催中に長年恩師と慕ってきた郡山久二氏(大阪・55期=引退/60歳)の病気による死去。準決勝後に大粒の涙を流してその恩に報いることを誓ったが、同開催でもトロフィーには手が届かなかった。

 翌7月には落車に見舞われ、右肩鎖関節脱臼のケガを負う。その後のGⅠ「オールスター競輪」では「右肩に力が入らず人形みたいにグラグラ」の状態での出場となり、優勝はできなかった。

 今回の優勝記者会見では「ダービーに向けて本当に精神を擦り減らしながらやってきた」と心情を吐露。これまでのさまざまな思いが去来しての涙だったのだろう。

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