武術太極拳で世界一も16歳で競技引退。山本千尋が葛藤のすえ選んだ道 (3ページ目)

  • スポルティーバ●文 text by Sportiva
  • 立松尚積●写真 photo by Tatematsu Naozumi

 その後、2010年から2012年にかけてJOCのジュニアオリンピックで長拳・剣術・槍術の3種目で3連覇を達成。2012年、高1の時には再び世界ジュニア武術選手権大会に出場し、槍術で金、長拳で銀を獲得する。

 しかし、ここでふと疑問に思う人もいるだろう。JOCの大会で3連覇をしながら、なぜ世界ジュニアの大会が小6の時以来になったのか。

「マイナーなスポーツだからこそ、いろんな人にチャンスをあげたいということで、中学時代にも出場した部門で優勝していたのですけれども、2位になった子が世界大会に出場することになったんです」

 競技の裾野を広げるためとはいえ、その不条理な決定に対し、競技を続けて行くことに対しての葛藤が生まれた。そしてその気持ちの揺れはだんだんと大きくなっていく。

「優勝しているのに世界大会に行けないというのがとても悔しかったんです...」

 さらに、周囲の環境もその葛藤が深まる要素になっていた。

「やめたい!とまでは行かなかったんですけど...。どうしても中国武術となるとマイナースポーツのイメージで、どういう競技かわかってもらえないということがありました。それに、中学の時ほかのスポーツをしている子たちはみな、例えば『自分は野球をしているからこの高校に行きたい』とか推薦をもらえたりもしていて。そういう話を聞いていると、私もすごく好きな競技なのに誰にもわかってもらえないという悔しさやもどかしさがあって...。

 そこでなんだか反抗期みたいなことになってしまい、練習に身が入らなくなってしまったんです。でも、好きだから練習には行くという日々でした」

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