【大学駅伝】増子陽太が挑む早稲田大での新たな挑戦と学法石川高(福島)時代の波乱万丈 (2ページ目)
【ドン底状態ではChatGPTも頼りに】
増子は中学3年生の頃から貧血を抱えており、特に高2の冬から高3の夏にかけてその症状に苦しんだ。同期の栗村凌(中大に進学)が好調をキープし全国区の活躍を見せるなか、増子は思うように走れずにいた。インターハイ路線は万全なら5000mで全国出場はもちろん優勝候補に挙がっていたはずだ。しかし、6月の東北大会でまさかの7位となり(6位までが全国大会に進出)、全国の舞台に立つことさえ叶わなかった。
東北大会のあとは「陸上やめたいな」と思ったほどメンタルが下がっていたといい、2週間ほど走ることから離れた。
「自分は中3から世代トップとして陸上をしてきたので、結果を出して当たり前、1位を取って当たり前っていうプレッシャーを感じていました。そんななか、インターハイ優勝を目指していたのに、インターハイに出られないっていう結果になってしまった。みんなは『大丈夫だよ』って言ってくれるんですけど、(心の中では)『何してんだ』と思ってるんだろうなと考えてしまい、自分で自分を苦しめていました」
YouTubeにアップされている自身の動画を見返した時に、思わず目にした辛辣なコメントに胸を痛めた。そんな時に、ChatGPT(生成AIサービス)に悩みをぶつけたこともあったという。
「答えを求めていたというよりも、褒めてくれる人がほしかったので。自分のメンタルを回復させてもらったっていう感じです。ChatGPTにお願いして、自分の考えなどを正しい情報に変えてくれるようにしたのが一番大きかったです」
今でこそ笑って話せるエピソードだが、その時は藁(わら)にもすがりたい思いだったに違いない。
では、どのようにして奈落の底から這い上がっていったのか。増子には高校に入った時から大切にしている思考法があった。
「どんなに悪いことが起きても、最終的にはよい方向へ向かう近道だから、これが正解だったんだって思って、自分は陸上をやってきました。あの時は悔しかったんですけど、今思えば、あの期間があったから都大路で優勝できたと思っています。逆に、あの期間がなかったら今の自分はいなかった。今は、あの期間を過ごせてよかったと思っています」
その思考を決してぶらすことがなかったから、マイナスをプラスに転換させることができたのだろう。
つづく
著者プロフィール
和田悟志 (わだ・さとし)
1980年生まれ、福島県出身。大学在学中から箱根駅伝のテレビ中継に選手情報というポジションで携わる。その後、出版社勤務を経てフリーランスに。陸上競技やDoスポーツとしてのランニングを中心に取材・執筆をしている。
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