【箱根駅伝 名ランナー列伝】村山紘太(城西大学) 双子の兄を追い続けた歳月とその証しを刻んだ最終学年シーズン (2ページ目)
【「10000mが走れる選手は箱根も走れる」を証明】
最後の箱根駅伝は2週間前に左脚腸脛靭帯を痛めながらも3年連続となる花の2区に登場。トップの駒大と1分51秒差の16位でスタートを切ると、快調なペースで突き進んだ。終盤は「感覚がなくなるほど痛みがひどくなった」が、8人抜きを演じて、1時間07分43秒で走破。兄・謙太に3秒差で"勝利"しての区間2位だった。なお区間賞は、4位からトップに立った東洋大・服部勇馬(当時3年)が獲得した。
「終盤、脚に感覚がなくなり、『もうダメだ』と弱い自分が出ましたが、最後のスパートはしっかり出したつもりです。ただ、僕が区間2位で謙太が区間4位では、兄に勝ったとは言えません」と本人は納得していなかったが、エースの快走で波に乗った城西大は総合7位でフィニッシュ。前年19位から大幅にジャンプアップして、3度目のシード権を獲得した。
「最後の年ということもありますし、城西大の戦力を考えると来季は厳しい。キャプテンとして、なんとしてもシード権を獲得しなければいけないと思っていました」と大手町では安堵の表情を浮かべていた。
そして大学生活をこう振り返った。
「4年間の目標は、トラックで世界と戦える選手になることでした。最初の1年間は監督に言われたことをやるのが精一杯で、自分の考えを持って練習ができなかったなと思います。でも学年が上がるたびに、自分が何を目指していくべきか、明確になってきました。僕の月間走行距離は600kmぐらいでしたけど、2区の23kmを走ることができましたし、10000mが走れる選手は箱根も走れることを教えたいですね」
村山は旭化成に入社後も櫛部監督のもとで低酸素トレーニングを継続。社会人1年目の2015年は兄弟で北京世界陸上の日本代表に選出されて、5000mに出場した(兄・謙太は10000m)。11月には10000mで高岡寿成が保持していた日本記録を14年ぶりに更新する27分29秒69をマーク。翌年はリオ五輪(5000m・10000m)に羽ばたいた。
Profile
むらやま・こうた/1993年2月23日生まれ、宮城県出身。明成高(現・仙台大附属明成高/宮城)―城西大―旭化成―GMOインターネットグループ。大学の進学先は異なったが、兄・謙太とともにトラックで活躍。箱根駅伝には4年連続出場し1年時は1区区間5位、2年時から3年連続で2区に出走し、4年時に区間2位の走りを見せた。卒業後は2015年北京世界陸上、2016年リオ五輪に出場。15年11月には10000mの日本記録も更新した。2025年3月に引退。
【箱根駅伝成績】
2012年(1年)1区5位・1時間02分35秒
2013年(2年)2区15位・1時間12分39秒
2014年(3年)2区18位・1時間12分25秒
2015年(4年)2区2位・1時間07分43秒
著者プロフィール
酒井政人 (さかい・まさと)
1977年生まれ、愛知県出身。東農大1年時に出雲駅伝5区、箱根駅伝10区出場。大学卒業後からフリーランスのスポーツライターとして活動。現在は様々なメディアに執筆している。著書に『箱根駅伝は誰のものか』『ナイキシューズ革命 〝厚底〟が世界にかけた魔法』など。
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