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【箱根駅伝 名ランナー列伝】設楽啓太・設楽悠太(東洋大学)〜後編〜兄弟で主将・副将を務めた最終学年は日本初の「10000m27分台兄弟」となり箱根駅伝の王座を奪還 (2ページ目)

  • 酒井政人●取材・文 text by Masato Sakai

【最後の箱根は揃って区間賞獲得で優勝に貢献】

 そして最後の箱根駅伝。酒井俊幸監督はライバル校が驚くようなオーダーで勝負に出る。3年連続で2区を務めてきた啓太を当日変更で5区に起用したのだ。

 1区の田口雅也(当時3年)が3位でスタートすると、2区の服部勇馬(当時2年)で2位に浮上。3区の悠太が21秒先に走り出した駒大を逆転して、トップを奪う。区間歴代4位(当時)の1時間02分13秒で3年連続となる区間賞を獲得した。

 小田原中継所で最初にタスキを受けた5区の啓太も初めての山を好走。後続を引き離して、往路Vの優勝ゴールに飛び込んだ。啓太は前年、大逆転された日体大・服部翔大を1秒差で抑えて、箱根駅伝で初めて区間賞に輝いた。

 復路でも3つの区間賞を奪った東洋大は2年ぶり4度目の総合優勝を飾り、大手町では設楽兄弟も笑顔を見せた。

「5区は不安や、恐怖があっては走れない区間。守りの走りではなく、東洋大らしい攻めの走りをしようと覚悟を決めていました。高校時代からのライバルである服部と1秒差で区間賞を獲得できましたし、キャプテンとして往路の優勝テープを切れてよかった。この1年間、総合優勝を目指して取り組んできたので本当にうれしいです。弟がいたからこそ自分自身もここまでやってこられたと思っています」(啓太)

「自分自身は全日本が終わってから右ふくらはぎを痛めて、チーム練習を何度か外れました。でも往路優勝するには、僕が決定づける走りをしないといけないと思っていたので、3年連続の区間賞はうれしいです。総合優勝もできて、副キャプテンをやってよかった。兄弟で陸上を始めて10年。ケガをしてつらい時期があっても、兄貴の走りを見て、勇気をもらいました。双子で生まれて良かったなと思います。高校時代から東洋大で箱根駅伝に出るのが夢でしたが、ここがゴールではありません。実業団ではもっと強い選手になりたいです」(悠太)

 設楽兄弟が東洋大に在籍した4年間の箱根駅伝は2位、1位、2位、1位。常に総合優勝を争ってきたが、最も印象に残っている大会は兄弟で少し異なるようだ。

「優勝の時と言いたいんですけど、3年時(総合2位)の2区は風が強くて印象に残っていますね。1区の田口が先頭で来てくれたので、2区の僕は先頭で気持ちよく走れた。あとは兄弟リレーできたところ(1年時/2区・啓太、3区・悠太)も印象強いかなと思っています」(啓太)

「やっぱり4年生の時ですね。2年時も優勝していますけど、その時は先輩たちの力が大きかったんです。3年時に負けて、4年時でリベンジできた。そこは自分たちの力で勝ち取った優勝だと思うので、一番うれしかったです」(悠太)

 大学卒業後は別々の実業団チームに進み、悠太は2018年の東京マラソンで2時間06分11秒の日本記録(当時)を樹立。二卵性双生児である設楽兄弟は2023年に西鉄で再び、大学時代以来9年ぶりにチームメイトとなった。

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