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【箱根駅伝 名ランナー列伝】佐藤悠基(東海大学) 革命的なスピードランナーが残した異区間での3年連続区間新記録と13人抜き (2ページ目)

  • 酒井政人●取材・文 text by Sakai Masato

【好結果を導き出した冷静に自身を分析する能力】

 大学3年時は10月に10000mで2007年度の日本ランキングトップとなる27分51秒65をマーク。箱根駅伝は総合優勝を狙うための戦略として、補欠登録された。往路の結果を見て、7、9、10区のどこかに入る予定だったという。チームは往路を8位と苦戦したため、エースは当日変更で7区に投入された。

「出遅れなければ9区が有力だったんです。7区はコースもよく見ていなくて、あの辺にアップダウンがあったかなくらいの状況で出場しました。一番意識していた駒大と3分くらいの差があったので、5kmを14分02秒ぐらいで入ったんですけど、けいれんもあって終盤はどうしようもなかったですね。うまく走れば20秒ぐらいはよかったのかな」

 納得できる走りはできなかったが、佐藤は従来の記録を18秒更新。1時間02分35秒で3年連続の区間新記録を成し遂げた。しかし、チームは10区でまさかの途中棄権。最終学年を迎えた佐藤は茨の道を進むことになる。

 大学4年時(2008年度)はトラックシーズンで不調が続く。同学年のライバル・竹澤健介(早大)が北京五輪に出場したなかで、佐藤は「力を蓄える時期」と割りきっていた。その一方で、駅伝は「最上級生としてやれることはやろう」という気持ちで臨んだ。

 最後の箱根駅伝は「3区」と当時最短区間だった「4区」(18.5km)を打診されると、佐藤は迷わず3区(21.5km)を選ぶ。

「4区なら区間新は濃厚でしたが、チームのことを考えると3区で流れに乗せたほうがいいと思ったんです」

 佐藤は4年連続の区間新を逃したが、チームを18位から5位に押し上げる。13人抜きは2区以外の最多記録だった。

 佐藤のすごさは常に冷静に自分自身をジャッジしていたことだ。4年時は不調だったが、己の可能性を信じて、先を見つめてトレーニングに励んでいた。

 そして東海大を卒業直後の2009年4月に10000mで当時・日本歴代3位となる27分38秒25をマークした。

「不調だった4年時にトレーニングをしっかり続けてきたからこそのタイムだと思っています。苦しんだことがちょっと報われましたね」

 その後は2011年から日本選手権10000mで4連覇を達成。ロンドン五輪に出場するなど、稀代のスピードランナーは箱根駅伝を"卒業"したあとも活躍を続けている。

Profile
さとう・ゆうき/1986年11月26日生まれ、静岡県出身。佐久長聖高(長野)―東海大―日清食品グループ―SGホールディングス。箱根駅伝では1年時から3区、1区、7区において、3年連続の区間賞をすべて区間新記録で獲得。4年時は7区区間2位だったが、13人抜きを果たしている。卒業後は日清食品グループで競技を継続し、世界陸上選手権には2011年テグと2013年モスクワの2大会、オリンピックには2012年ロンドン大会に10000mで出場。2013年の東京マラソン以降はマラソンと駅伝を主戦場として走り続け、現在はSGホールディングスの選手兼アドバイザーを務める。

【箱根駅伝成績】
2006年(1年)3区1位・1時間02分12秒*区間新
2007年(2年)1区1位・1時間01分06秒*区間新
2008年(3年)7区1位・1時間02分35秒*区間新
2009年(4年)3区2位・1時間02分18秒

*区間新記録は当時

著者プロフィール

  • 酒井政人

    酒井政人 (さかい・まさと)

    1977年生まれ、愛知県出身。東農大1年時に出雲駅伝5区、箱根駅伝10区出場。大学卒業後からフリーランスのスポーツライターとして活動。現在は様々なメディアに執筆している。著書に『箱根駅伝は誰のものか』『ナイキシューズ革命 〝厚底〟が世界にかけた魔法』など。

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