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東海大駅伝の黄金世代・羽生拓矢が実業団で躍動 同期には「苦しんで、でもやめるなって言いたい」 (3ページ目)

  • 佐藤俊●取材・文 text by Sato Shun

「長く続けたいのは、僕にとって陸上の長距離がすべてだからです。それが一番自分のよさを出せるし、人とのつながりも増やしていける。人生でこれしかないっていうのが陸上なので、引退して他のことに挑戦したいというより、これを極めたいっていう気持ちが強いんです。年齢が上がっていけば苦しい状況も出てくると思いますが、結果が出ていなくても会社にやめろと言われる前にやめる必要はない。極端な話、自分がいるせいで下の世代の選手を切らないといけない状況になっても後輩に譲る気はないです。自分は残るよっていうぐらいの気持ちで長くつづけたいし、みんなにも長く続けてほしいと思います」

 羽生が、「みんなにも」と語ったのは、同世代の選手や黄金世代の同期たちが伸び悩んだり、陸上をやめていく姿を目にしているからだ。

「記録会とかで、大学の同期や他大学の同級生とかに会っても特に意識はしていないです。でも、大学時代と状況が逆転しているので、ちょっと上からの言い方になるんですが、自分に感化されてほしいなって思います。『自分はケガを乗り越えて、みんなと同じレースに出てきた。次は同じ舞台のレースに出ようぜ』と言いたいですね。今、同期は苦しんでいる選手が多いけど、苦しめばいいんですよ。僕もケガをして苦しんだけど、戻ってきているし、そういう経験が自分を強くしてくれる。だから、苦しんで、でもやめるなって言いたいですね」

 残念ながら黄金世代の仲間のうち、小松陽平、郡司陽大、高田凜太郎が引退した。3人とも引退に至る経緯や理由は異なるが、まだ26歳という年齢を考えると、もったいない感じがある。

「やめたのは、残念だなぁって思います。早いですよね、やめるの。いろんな考えがあるんだと思うけど、やっぱり同期には長く続けてほしいです。僕は、陸上がもっと息の長いスポーツになってほしいんです。30歳を超えて、35歳になっても40歳になってもバリバリ走る。現役では大先輩の佐藤悠基(SGH)さんが頑張っていますし、そういう姿をひとりだけじゃなく、僕らの世代が走って見せていきたいと思っています」

 黄金世代の仲間とは、今もつながっている。關颯人(SGホールディングス)や松尾淳之介(NTT西日本)に声をかけて会ったり、宮崎や千歳、菅平などの合宿地でほかの実業団で走っている選手と会うこともあるという。

「みんなには直接、『やめるな』とは言っていないです(苦笑)。言わなくても僕が頑張っていれば伝わると思うんですよ。だって、大学時代、最初にやめそうだったヤツがやめていないんだから。実業団で走って10年とかを過ぎた時、『黄金世代って言われていた人たち、意外と長くやってしぶといな』って言われたいですね(笑)。僕は、そうなってほしいし、そうしたいなぁと思っています」

■Profile
羽生拓矢(はにゅうたくや)
1997年11月8日生まれ。中学時代から全国区で活躍し、八千代松陰高校時代には全国高校駅伝に出場。2016年東海大学へと入学してからも大きな期待が寄せられたが、度重なるケガに苦しみ、3大駅伝には1年時の全日本大学駅伝のみの出場にとどまった。しかし、トヨタ紡織入社後は、5000mで高校2年生以来の自己ベストを更新し、10000mでも自己新を記録した。また、22年に行われた八王子ロングディスタンスでは日本歴代4位となる27分27秒49を打ち出し、見事復活を果たした。

著者プロフィール

  • 佐藤 俊

    佐藤 俊 (さとう・しゅん)

    1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て1993年にフリーランスに転向。現在は陸上(駅伝)、サッカー、卓球などさまざまなスポーツや、伝統芸能など幅広い分野を取材し、雑誌、WEB、新聞などに寄稿している。「宮本恒靖 学ぶ人」(文藝春秋)、「箱根0区を駆ける者たち」(幻冬舎)、「箱根奪取」(集英社)など著書多数。

【画像】徳光和夫が愛する「巨人」と「箱根駅伝」を語る・インタビューカット集

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