東海大の苦い教訓。箱根駅伝は「ミスすれば負ける」サバイバル戦に (6ページ目)

  • 佐藤 俊●文 text by Sato Shun  photo by Kyodo News

「國行が先頭で戻ってきてくれて、三上からトップでもらえて、すごくうれしかったし、あいつらと襷をつなぐことができて、よかったなと思いました。特に國行はこの夏もずっと一緒にやってきて、チームを引っ張ってきてくれた。走る前に電話をもらったんですが、それを実現できなくて......ホント申し訳ないなと思っています」

 実は川端の足には異変が起きていたという。左右両方の親指にマメができて、途中からは自分の走りができなかったのだ。

「このままでは終われないです」

 悔しさを噛みしめて川端はそう言った。それは自分の走りで東海大を優勝させ、1年の時の走りを超えるため。そして、両角監督を男にするために、である。

 両角監督は待機場所で立ちながらレースの模様を携帯で見ていた。川端がゴールしたのを見終えると、戻ってきた選手をねぎらった。

──悔しい2位でした。ラスト17秒の差は少し足りなかった。

「そうですね。トップでもらった川端がどうやって優勝へ向かっていくのかなって思っていましたが、実際はタイム差が少なく、厳しいなって思っていました。並ばれるのが5kmぐらいなら、もうちょっとやれたかなと思いますけど、あの最初の登りをハイペースで行かれてしまうとキツかった。まぁ力の差が歴然としていましたね、アンカー対決は」

 最終的にはアンカー勝負になったが、レースプランは前半区間で前に出て、つなぎ区間で差を広げていく展開だった。そのための選手配置だったわけだが、今回は出雲のようにうまくハマらなかった。

「選手の区間配置は問題なかったと思いますが、ミスのなかった神奈川大、何カ所かミスが出たのが東海大、そのミスの差で負けてしまったと思います。うちのミスは、1区の出遅れと4区ですね。鬼塚と關がわずかの差ではなく、タイム的に大きく遅れている。鬼塚も關も跳ねるようなスピード走行なので、駅伝のようなアップ&ダウンのロードや強風とかの気象条件に対する強さが若干足りないかなと思いました。

 あと、5、6、7区の後半区間はよく走りましたが、終わってみると区間賞ゼロ。どこで並んで、どういうふうに突き離していくのか。その課題が出ましたし、アンカー勝負を考えた時、國行、三上は差を広げないといけないという焦りがあったんだと思います。それでももっとやれたかなと思いますので、残念です」

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