桐生が壁をぶち破る。日本は「東京五輪で9秒台がゾロゾロ」となるか

  • 折山淑美●取材。文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by Kyodo News

 速報計時に9秒99、追い風1.8mと表示されたレース直後。桐生祥秀(東洋大)は「伊東浩司さんが10秒00を出した時も、最初は9秒99と表示されていた映像を見ていたので、それが頭の中をよぎりました。10秒00ならタイ記録になるので、そうならないでくれと祈っていました」という。スタンドの記者席で見ていた土江裕寛コーチも桐生と同じく、「僕も当時選手として現地で見ていたので、そのシーンが頭の中をよぎっていました」と両手を合わせて祈っていた。

9秒98が正式記録として表示されるとテンションが一気にあがった桐生祥秀9秒98が正式記録として表示されるとテンションが一気にあがった桐生祥秀 通常より少し長い時間がかかって出た正式計時は9秒98。桐生は「9秒98とで出た瞬間にテンションが上がった」といい、大声を張り上げて隣にいた後藤勤トレーナーと抱き合うと、涙をボロボロ流した。やっと公認記録で日本人初の9秒台が出た瞬間だった。

 9月8日から福井市で開催された日本学生陸上対校選手権大会(日本インカレ)。この大会に桐生は、記録を強く意識して臨んだわけではなかった。

「正直、ここに向けて記録を出せるような準備はできていなかったし、世界選手権以降は全力疾走をしていなかったので、どうなるか一か八かのところだった」と土江コーチは言う。世界選手権後は左足に不安が出てスピード練習ができず、100m出場も現地に入ってから決める状態だった。

 初日の午前に行なわれた4×100mリレー予選で、ゆっくり走り出してバトンを受けた桐生は、トップに立つとスピードを緩めて1位でゴール。「これなら100mもこの感じで行けると思った」と調子のよさを実感して、100m出場を決めた。

「東洋大のユニフォームを着て100mを走るのもこれが最後になるので、スタートを捨ててでも中盤と後半で勝負したいなと考えました」

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